bmr

bmr>NEWS>R&Bシンガーのパフ・ジョンソン、がんとの闘病の末に亡くなる

NEWS

R&Bシンガーのパフ・ジョンソン、がんとの闘病の末に亡くなる

Puff Johnson

1996年に“Forever More”などのヒットを飛ばし、2パック(2 Pac)“Me Against The World”などでの歌声でも知られる女性R&Bシンガー・ソングライターのパフ・ジョンソン(Ewanya Puff Johnson)が40歳の若さで亡くなったと報じられている。

デトロイト出身のパフ・ジョンソンは、1996年にアルバム『Miracle』でデビュー。長年マライア・キャリーの音楽ディレクターを務めたことでも知られ、『アメリカン・アイドル』の審査員としても知られるランディ・ジャクソン(Randy Jackson)がエグゼクティヴ・プロデュースを務め、ウォルター・アファナシエフ(Walter Afanasieff)が参加するなどマライア・キャリーを意識した陣容で送りだされ、その清涼感溢れる歌声で“Forever More”、“Over And Over”などのヒットを飛ばし、アメリカだけでなくヨーロッパやオーストラリアでも人気を博した。しかしその後は主に裏方に転じ、リーラ・ジェイムス(Leela James)が2005年に発表したデビュー作『A Change Is Gonna Come』などに楽曲を提供したり、DJクイック(DJ Quik)とコラプト(Kurupt)が2009年にリリースした『BlaQKout』収録の“Fuck Y’All”に参加するなど、細々と活動を続けてはいたものの、名前を見る機会はあまりなかった。

そのパフ・ジョンソンが米時間で6月24日、帰らぬ人となったという。情報の発信源はLAの音楽ライターによる「パフ・ジョンソン、安らかに。とても悲しいよ」というツイートで、これに驚いた周囲の質問に答える形で、長年がんとの闘病生活を続けていたが今夜亡くなったことをパフ・ジョンソンの家族のFacebookから知ったという。パフ・ジョンソンはステージ4の子宮頚部癌で、内出血により今月19日に病院に緊急入院し、24日夜に亡くなったとのこと。giveforward.comのサービスを使ってパフ・ジョンソンのがん治療のための寄付を募っていたバイロン・ミッチェルという人物も、Twitterでパフ・ジョンソンを追悼するようなツイートをしていることから、亡くなったことは事実のようだ。この寄付ページによると、パフ・ジョンソンは2008年に南アフリカへ移住したが、移る前に子宮頚部のがんが発覚。2年ほど南アフリカで過ごし、経過は良好だったが、その後状態が悪化し、アメリカの家族のもとに帰り、治療に専念しているところだったようだ。

“Forever More”

“All Over Your Face”

“Me Against The World” (by 2Pac)