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B.ハワードの父親はあの人だった!

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一部報道でマイケル・ジャクソン(Michael Jackson)の隠し子とも報じられたB.ハワード(B. Howard)だが、母親が本当の父親の名をアメリカのTV番組で明らかにした。

ブランドン・ハワードことB.ハワードは、70年代後半から活躍しているベテラン女性シンガー、ミキ・ハワード(Miki Howard)の息子で、ソングライター/プロデューサーとしてニーヨ(Ne-Yo)やワイクリフ・ジョン(Wyclef Jean)らと制作の経験を持ち、これまでマーカス・ヒューストン(Marques Houston)、ルーペ・フィアスコ(Lupe Fiasco)といったアーティストを手がけるなど裏方として活動をスタート。そして今年、アルバム『Genesis』を発表し、アーティストとしてもデビューを飾った。

父親についてや年齢が非公表だったB.ハワードだが、ミキ・ハワードがアメリカの人気ドキュメンタリー番組「Unsung」に出演、その激動の半生を振り返る中で子供の父親について初めて口を開いた。それによるとミキは、自身が加入したジャジーR&Bグループのサイド・エフェクト(Side Effect)のリーダーで彼女の才能を見いだしたオージー・ジョンソン(Augie Johnson)と交際していたことを明らかにし、20歳の時に彼との子供であるブランドンを産んだと語った。ミキは現在49歳であるため、これは1981年頃のことであると推測される。オージーとはブランドンを含め2人の子供をもうけたが、結婚には至らなかったという。番組ではオージーもコメントを寄せているが、彼についてミキは「彼は男性としてはまともじゃなかった。でもショウビジネスに関して言えば、素晴らしいメンター(助言者)だった」と振り返っている。

ミキ・ハワードは他にも番組中、過去に交際していた故ジェラルド・リヴァート(Gerald Levert)についてや薬物中毒から立ち直る経緯などについても赤裸々に明かしている。ミキは現在もソロ・アーティストとして活躍しており、2003年に発表した『Three Wishes』ではグラミー賞にノミネートされた。なお、オージー・ジョンソンはマイケルの『Off The Wall』にて、“Don’t Stop ‘Til You Get Enough”(「今夜はドント・ストップ」)などでバックコーラスを務めていたこともある。(s)