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人気ラッパーのマック・ミラーが26歳で急死 アリアナ・グランデ元恋人

Mac Miller (photo by G L Askew)

19歳で発表したデビュー・アルバムがインディからのリリースながら全米アルバム総合チャートで初登場1位を獲得するという異例の大ヒットとなり、かの米経済誌のフォーブス誌も特集記事を組んだ人気ラッパー、マック・ミラー(Mac Miller)が、現地時間で7日午後に亡くなったことが発表された。26歳だった。

近年はアリアナ・グランデとの交際・破局も大きな話題となったマック・ミラー。ラッパーとしてだけでなくプロデューサーとしての才能も誇り、2011年、弱冠19歳で発表したデビュー・アルバム『Blue Slide Park』は、インディ・レーベルからのリリースながら全米アルバム総合チャートで初登場1位を獲得。2014年にはWarner Bros. Recordsとのメジャー契約を手にし、一部で1000万ドル(当時およそ12億円)とも報じられた巨額の契約金も話題になった。

2015年にメジャー・デビュー作『GO:OD AM』、2016年にメジャー第二弾作『The Divine Feminine』と順調にリリースを重ねており、今年8月にも最新作『Swimming』を発表。ジョン・メイヤーやジョン・ブライオンなど、ヒップホップの枠を超えた豪華なゲスト・制作陣を迎えてさらなる成熟を見せた同作は、全米アルバム総合チャートで初登場3位を記録するなど好評で、この10月からツアーも控えていた。

その矢先に飛び込んだ訃報。米ゴシップ・サイトのTMZによる第一報では、現地時間で7日金曜の午後、カリフォルニア州サンフェルナンドバレーの自宅にて亡くなっているのが発見されたという。発見者はマック・ミラーの友人で、緊急通報の記録によれば、すでに心停止していたとのこと。これを受けてマック・ミラーの遺族は、「ファンの皆さんからはマック・ミラーとして知られ、愛されてきたマルコム・マコーミックが、悲しいことに26歳でこの世を去りました」と死を認める声明を発表している。また所属レーベルのWarner Bros. Recordsも同様に声明を発表している。

死因に関しては詳細はまだ不明としているが、薬物の過剰摂取が疑われている。というのも、マック・ミラーは以前に「15歳からドラッグをやっていた」と認めていたほか、俗に「リーン」と呼ばれる、処方箋薬を濫用したシロップの中毒になったことを明かしていたからだ。一時はリーンを止めたと発言していたものの、2014年に発表した『Faces』はドラッグについて歌っており、翌年の米Billboard誌でも「100%クリーンではない」と完全に薬を断ち切れていないことを告白していた。今年5月にアリアナ・グランデと破局した後には、マック・ミラーが飲酒運転によるひき逃げで逮捕されたこともあったが、一部ファンから「アリアナがマックを捨てたからだ」と非難された際、アリアナ・グランデは、マック・ミラーとの関係を「有毒、有害」という言葉を使って表現し、薬物依存から抜け出せるよう「ずっとケアしてきた」と説明。「私はベビーシッターでも母親でもない」とも綴っており、マック・ミラーの依存症が破局の原因になったことを暗に語っていた。

マック・ミラーの突然の死に、チャンス・ザ・ラッパー、J・コール、ポスト・マローン、フューチャー、ウィズ・カリファ、スヌープ・ドッグ、プッシャー・T、ミッシー・エリオットといったラッパーたちから、ジ・インターネット、ケラーニ、カリード、ソランジュ、クエストラヴ、ショーン・メンデスなど多くのアーティストたちが、ショックを隠し切れない様子で追悼のコメントを発表している。

 

マック・ミラーことマルコム・マコーミックは、1992年1月19日、ペンシルベニア州ピッツバーグで生まれた。14歳からラップを始め、15歳で初めてのミックステープを発表するなど活動を始め、2010年に地元ピッツバーグのインディ・レーベルであるRostrum Recordsと契約。2011年には、2月に米ヒップホップ専門誌XXLによる注目の若手をピックアップする企画「Freshman Class」のひとりに選ばれ、翌月に発表したミックステープ『Best Day Ever』で一躍脚光を浴びる。10月にはマルーン5の大ヒット“Moves Like Jagger”にマック・ミラーが参加する別バージョンも制作された。そして同年11月に発表したデビュー・アルバム『Blue Slide Park』は初動14万5000枚を記録し、19歳のインディ・ラッパーが全米アルバム総合チャートの首位を制するという快挙を達成。この翌月には、フォーブス誌が「インディ音楽の救世主か?」という題の特集記事を掲載、さらに創刊者の孫にあたるスティーブ・フォーブス編集長との対談も用意されるなど大きく取り上げた。

2013年にはアリアナ・グランデの“The Way”にゲスト参加し、自身初のトップ10ヒットを獲得するなどさらに波に乗り、2014年にはWarner Bros. Recordsとのメジャー契約を手にし、2015年に『GO:OD AM』でメジャー・デビュー。プロデューサーとしての才覚も誇り、徐々にシンガーとしての顔も見せるなど、近年は既存のヒップホップの枠に囚われない音楽性でも注目されていた。アリアナ・グランデとの交際中の昨年8月には、アリアナ・グランデの来日公演にサプライズで登場したことも話題となった。