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元ソウルIIソウルのメリッサ・ベルが死去 娘のアレクサンドラ・バークが明かす

Melissa Bell

90年代前半に“Wish”などでソウルIIソウル(Soul II Soul)のボーカルを務めた女性ソウル・シンガーで、『Xファクター』出身の歌手アレクサンドラ・バーク(Alexandra Burke)の母親としても知られるメリッサ・ベル(Melissa Bell)が亡くなったことが発表された。53歳だった。

1993年から1995年のおよそ2年間という短い在籍期間ではあったが、全英チャート最高24位を記録した“Wish”などでソウルIIソウルのリード・ボーカルを務めたメリッサ・ベル。ソウルIIソウル脱退後はソロ・シンガーとして活動を続けたが、2000年代後半には、娘のアレクサンドラ・バークが2008年の英国版『Xファクター』第5シーズンで優勝し、翌年、デビュー・アルバムが全英チャート初登場1位となるなど華々しくデビューしたことで再び注目され、2010年には自伝『Heart and Soul: The Emotional Autobiography of Melissa Bell』も上梓した。

娘が『Xファクター』挑戦中にメリッサ・ベルは糖尿病による深刻な腎不全で病院に緊急搬送され、人工透析を受ける必要のある身に。アレクサンドラや他の子どもたちは自身の腎臓を提供すると何度も説得したものの、彼女たちが出産するまでは受け入れられないと、子どもたちの将来を想ってメリッサは頑なに拒否したという。アレクサンドラ・バークは代わりに、優勝賞金を使って自宅で人工透析が受けられるように改築するなど母親のケアを続けてきたが、今週、メリッサ・ベルは53歳という若さでこの世を去った。これは娘のアレクサンドラ・バークが明かしたもので、現地時間で8月28日に旅立ったという。亡くなった状況について詳細は明かされていない。

ジャマイカ系英国人のメリッサ・ベルは、80年代半ばから歌手として本格的に活動を始め、90年代初頭にボビー・E&ザ・ミディ・シティ・クルー(Bobby E And The Midi City Crew)の“Walk On The Wild Side”やビンゴボーイズ(Bingoboys)の“The Dancer”にフィーチャーされた後、1992年に“If It’s Love”や“Reconsider”といった自身のシングルを発表。これを聞いたジャジー・B(Jazzie B)に声をかけられ、1993年にソウルIIソウルへと加入した。

同年発表されたベスト・アルバム『Volume IV The Classic Singles 88-93』に収録された新曲“Wish”でソウルIIソウルとしてのデビューを飾り、ツアーなどにも同行するなど新メンバーとして活動を続けたが、1995年発売の『Volume V: Believe』では“Be A Man”でリードを執るに留まり、ソロ活動のためグループを脱退する。以降はシャイ・エフェックス(Shy FX)などの楽曲にフィーチャーされたほか、1997年には“Surrender”などのソロ・シングルをリリース。ソウル・エクスプロージョン(Soul Explosion)というグループとしても活動したが、ソロとしてもソウル・エクスプロージョンとしてもアルバム発売には至らなかった。2000年代末にはドイツのソウル・バンド=ムーン・ベース(Moon Base)やそのキーボーディストであるトーマス・モッター(Thomas Motter)らと交流が増え、ムーンベースの2012年作『High』やトーマス・モッターの2014年作『Lost & Loved』でそのソウルフルな歌声を聞かせており、今年1月にも、バックコーラスでの参加だけとなったが、トーマス・モッターの最新作『Somewhere Out There』に参加していた。