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「ファンキー・ドラマー」クライド・スタブルフィールド亡くなる

Clyde Stubblefield (Photo via Wikimedia Commons)

ジェイムス・ブラウン(James Brown)のドラマーとして知られ、特に“Funky Drummer”でのドラム・ソロが後に定番ブレイクビーツとして広まったことでも知られるファンク・レジェンド、クライド・スタブルフィールド(Clyde Stubblefield)が亡くなったことが発表された。73歳だった。

クライド・スタブルフィールドは2002年に腎臓の腫瘍を摘出、その後2005年に腎臓病にかかり、2009年には腎不全を起こして週一回の人工透析が必要になるなど闘病生活を長年続けながら、2014年にはジェイムス・ブラウンの伝記映画『ジェームス・ブラウン~最高の魂(ソウル)を持つ男~』(原題『Get On Up』)の公開を記念したJBトリビュート・コンサートにピー・ウィー・エリス、フレッド・ウェズリーらと共に出演するなど元気な様子を見せていた。だが、ふたたび腎不全を起こし、ここ数日はウィスコンシン州の病院に入院していたそうで、米時間で18日(土)にクライド・スタブルフィールドが亡くなったと妻がAP通信に明かした。

クライド・スタブルフィールドは、他に膀胱がんも患ったことがあり、治療費に困っている話を聞きつけたプリンス(Prince)が2000年に、公にしないことを条件に9万ドルの治療費を肩代わりしたことが、プリンスが亡くなった後に発表されている。

また、パプリック・エナミー(Public Enemy)の“Fight The Power”、ドクター・ドレー(Dr. Dre)の“Let Me Ride”、LL・クール・J(LL Cool J)の“Mama Said Knock You Out”などから、近年はエド・シーラン(Ed Sheeran)“Shirtsleeves”に至るまで、“Funky Drummer”におけるドラムは1000回以上サンプリングされたと言われるが、相応のクレジットや使用料が支払われていないことを問題視し、2010年には「Give the Drummer Some」というキャンペーンが開始。ザ・ルーツ(The Roots)のドラマーであるクエストラブ(Questlove)や、ジェイムス・ブラウンのツアー・マネージャーだったアラン・リーズ(Allen Reeds)らミュージシャンや業界人もサポーターとなり、闘病中の伝説的ドラマーを救うための寄付を呼び掛けると共に、クライド・スタブルフィールドの偉大さを訴えた。

この訃報に、クエストラブ、ブーツィ・コリンズ(Bootsy Collins)やビズ・マーキー(Biz Markie)、ジャイルス・ピーターソン(Gilles Peterson)など多くのミュージシャン、業界人らが追悼のコメントを綴っている。

クライド・スタブルフィールドは、オーティス・レディング(Otis Redding)などのツアーに参加後、1965年にジョージア州メイコンで彼の演奏を目にしたジェイムス・ブラウンに声をかけられ、JBバンドに加入。1971年まで、ジェイムス・ブラウンのリズムを支える重要なドラマーとして活躍し、“Funky Drummer”、“Cold Sweat”、“Say It Loud – I’m Black and I’m Proud”、“I’ve Got The Feelin’”や『Sex Machine』などに貢献した。その後、様々なアーティストらと共演し、また1999年には、フレッド・ウェズリー(Fred Wesley)の声かけで元JB’sの面々が集合したJBズ・リユニオン(The J.B.’s Reunion)名義のアルバム『Bring The Funk On Down』に全面参加。また1997年には『The Revenge Of The Funky Drummer』でソロ・アーティストとしてのデビューを飾っている。