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“Me and Mrs. Jones”などで知られるソウル・シンガー、ビリー・ポールが逝去

Billy Paul

1972年に全米チャート1位に輝いた“Me and Mrs. Jones”などのヒットで知られるソウル・シンガー、ビリー・ポール(Billy Paul)が現地時間で24日、亡くなったことが発表された。81歳だった。

グラミー授賞歌手で、60年代後半から70年代にかけてフィラデルフィア・ソウルと呼ばれるスタイルで活躍したビリー・ポールの死は、公式ウェブサイト上で発表され、明らかになった。公式サイトには24日付で、「大変残念なお知らせです。ビリー・ポールが本日、自宅でこの世を去りました。深刻な病状でした。彼の妻ブランシェと家族に、心からお悔やみを申し上げます」などと綴られている。ビリー・ポールのマネージャーが、フィラデルフィアのメディア NBC 10に明かしたところによると、ビリー・ポールはすい臓がんを患っており、先週テンプル大学病院に入院したが、ニュージャージー州ブラックウッドの自宅に戻り、現地時間で24日(日)朝に亡くなったという。

1934年12月1日にフィラデルフィアで生まれたビリー・ポール、本名ポール・ウィリアムズ(Paul Williams)は、11歳で地元ラジオ局に出演するところからキャリアをスタート。音楽学校に進学しボーカルを学ぶと、徐々にフィラデルフィア各地のクラブで歌うように。16歳の時にはチャーリー・パーカー(Charlie Parker)の出演したステージで歌ったほか、マイルス・デイヴィス(Miles Davis)、ニーナ・シモーン(Nina Simone)、ロバータ・フラック(Roberta Flack)といったジャズ~ソウルの偉人たちと共演を重ねるようになる。21歳で初のレコーディングを経験した後、徴兵されて一時活動を中断するが、ドイツ駐留時にはエルヴィス・プレスリー(Elvis Presley)らと一緒になり、一緒にバンドを組む話も出ていたとか。その後、フィラデルフィア・ソウルの一大ブームをけん引することになる作家チーム、ギャンブル&ハフ(Kenny Gamble & Leon Huff)のケニー・ギャンブルと知り合い、彼のレーベル Gamble Recordsからデビュー・アルバム『Feelin’ Good At The Cadillac Club』を1968年に発表した。以降、ギャンブル&ハフとタッグを組み、特に1972年に発表した4作目『360 Degrees Of Billy Paul』が大ヒット。“Me and Mrs. Jones”が全米チャート1位のヒットを記録したほか、翌年にはグラミー賞で最優秀男性R&Bボーカル・パフォーマンス部門に輝くなどの成功を収めた。最後に発表した1988年作『Wide Open』まで生涯で15枚のアルバムを発表した。

代表曲“Me and Mrs. Jones”は、ダリル・ホール(Daryl Hall)、フレディ・ジャクソン(Freddie Jackson)、ミス・ジョーンズ(Miss Jones)からマイケル・ブーブレ(Michael Bubre)など幅広くカバーされた名曲であり、ダス・エフェックス(Das EFX)などヒップホップでもサンプリングされ、メアリー・J.ブライジ(Mary J. Blige)が2011年に発表した“Mr. Wrong”でも引用されるなど長く愛されている。他にも、J・ディラ(J Dilla)が手がけたスティーヴ・スペイセック(Steve Spacek)の“Dollar”などで“Let The Dollar Circulate”がサンプリングされるなど、ヒップホップの元ネタとしても多くの楽曲が使われてきた。