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祝CD化! 『H.E.R.』に見るH.E.R.の音楽的魅力とは

H.E.R. - H.E.R. (album / B-Sides)

いよいよ今週末の2月10日(日)夜、日本時間で11日(月)朝に開催される、第61回グラミー賞授賞式。そこで新人賞、アルバム・オブ・ザ・イヤーを含む5部門ノミネートとなっている注目の女性R&Bシンガー、H.E.R. (ハー)が、アルバム・オブ・ザ・イヤー候補ともなっている『H.E.R.』の初CD化となる日本盤を本日2月6日(水)に発売しました。

リアーナやハリー・ベリーらがInstagramで取り上げたことも話題となった“Focus”や、ダニエル・シーザーとの美しいデュエット“Best Part”といった、アダルトR&Bエアプレイ・チャート首位に輝き、グラミー候補になっている楽曲を筆頭に、全21曲を収録した彼女初のフル・アルバムです(しかし彼女&レーベル側にとっては、EP3種をまとめた一種の編集盤で、“公式のファースト・アルバム”ではないという位置づけ)。

この『H.E.R.』のCD盤発売を記念して、1月に行われた大々的なアレサ・フランクリン追悼コンサートでのH.E.R.のライブ・パフォーマンスも直に目撃した林 剛さんが、H.E.R.というアーティスト、そして『H.E.R.』の音楽的魅力についてひも解きます。

H.E.R.
文/林 剛

第61回グラミー賞で「最優秀新人賞」「最優秀アルバム賞」の主要2部門をはじめとする5部門にノミネートされたH.E.R.。結果は現地日付の2月10日に出るだろうが、去る1月13日、レコーディング・アカデミーなどの主催でLAのシュライン・オーディトリアムにて行われたアレサ・フランクリン追悼コンサート〈Aretha! A GRAMMY Celebration For The Queen Of Soul〉にも彼女は出演した(3月10日に米CBSにてTV放映)。

同じグラミー賞ノミニーのSZAやクロイー&ハリーも含めた新旧のR&B/ゴスペル・シンガーなどがアレサで知られる名曲を歌うなか、H.E.R.は“I Say A Little Prayer”を披露。ジェニファー・ハドソンやファンテイジアがアレサに迫るパワー・ヴォイスで歌い上げたのとは対照的に、H.E.R.はギターを抱えてリズミカルな同曲をクールに歌った。エモーションを込めながらも抑制をきかせたヴォーカルは、2016年9月に出したEP『H.E.R., Vol. 1』を初めて聴いた時の印象のまま。必要以上にソウルフルであろうとしない、どこかアンニュイな雰囲気が次世代感を漂わせている。

Aretha! A GRAMMY Celebration For The Queen Of Soul

「Having Everything Revealed」を略してH.E.R.。“すべてを明らかにさせる”と謳うのとは裏腹に、常にサングラスをかけ、ミステリアスな存在として、あえて匿名のキャラクターを貫く彼女。本人の口から語られることは少ないが、かつてギャビー・ウィルソンの名前で活動していたことは公然の秘密となっている。

子役として芸能活動をしていた彼女がRCAと契約したのは14歳だった2011年のこと。2014年にギャビー・ウィルソン名義で、アイズリー・ブラザーズ“Between The Sheets”を下敷きにしたポップ&オーク制作のシングル“Something To Prove”を発表した彼女は、アリシア・キーズやエル・ヴァーナーなどを送り出した名伯楽ジェフ・ロビンソンを後見人とするだけに、当時の音楽性や歌唱、露出の仕方も含めてアリシアやエルを彷彿させた。ジェフが主宰するMBK Entertainment監修のクリスマス・アルバム『A Classic Holiday』(2015年)では彼女の曲がトップに置かれていたことからも、期待されていたのだろう。

だが、1年ほど経って彼女はH.E.R.を名乗り、“謎の新進R&Bシンガー/ソングライター”として再登場する。正体を明かさなかったのは人々の関心を音楽に集中させるためだったようだが、ライヴでギターを抱えて歌う彼女は、「最近のアーティストはSNSのことばかり考えて音楽の本質を見失っている」と話すように、人一倍ミュージシャンシップを大切にしているように思える。

それはベイエリア近郊のヴァレホで育った彼女がバンドマンだった父親に影響されて音楽に目覚めたこととも関係しているのだろう。また、Apple Music限定の短編ドキュメンタリー(インタヴュー)では、「8歳の時に母親(フィリピンの血を引く)からテイスト・オブ・ハニーの“Boogie Oogie Oogie”(78年)のベースラインを覚えるように言われ、ピンクのベースを買い与えられた」と回想していたが、幼い頃から演奏するということに意識的で意欲的であったのだ。

だからといって彼女は楽器を弾き倒しているわけではない。例えば、今回のグラミーで「最優秀R&Bソング賞」にノミネートされた“Focus”ではアリシア・キーズのピアノにも似たハープの幻想的な音色を、「最優秀R&Bパフォーマンス賞」にノミネートされたダニエル・シーザーとの“Best Part”ではアコースティック・ギターの響きを軸にしつつも、音数を極限まで削ぎ落とし、不安や悦びを歌う繊細なヴォーカルを際立たせている。

これらはグラミーで「最優秀アルバム賞」と「最優秀R&Bアルバム賞」にノミネートされたアルバム『H.E.R.』に収録。2016~2017年に出した3枚のEPをまとめ、今回日本で初CD化された同アルバムは、メインでプロデュースを手掛けるDJ・キャンパーとのプロジェクトとも言えるもので、これまでメアリー・J.ブライジ、ニーヨ、レディシ、テイマー・ブラクストン、ジョン・レジェンドなどに関わってきたキャンパーらしい歌の引き出し術がここでも活かされている。

これに関しては、ヴォーカルを際立たせながらビートの立ちや響きへのこだわりも感じさせるミキ・ツツミ(横浜出身でNY在住のエンジニア)によるミックスのセンスも大きい。アリシア・キーズやエル・ヴァーナーなどMBK絡みの作品を中心にR&B/ヒップホップ仕事が多いツツミ氏は、H.E.R.をギャビー・ウィルソン時代から支えてきたブレーンのひとりと言える存在だ。

件のドキュメンタリーで彼女は、「ラッパーじゃない。ベースにあるのはR&B。でもジャンルの壁をなくしたい」といった旨の発言をしていた。とはいえ、ライヴでのMCなどを聞く限り、R&Bというジャンルにも自覚的だ。それは“Boo’d Up”の大ヒットでH.E.R.と並ぶ2018年R&Bの顔となったエラ・メイ(グラミー賞2部門ノミネート)とも共通していて、90年代後半~00年代前半のR&Bからの影響が色濃い。つまり、ティンバランド、ネプチューンズ、ロドニー・ジャーキンズらがプロデューサーとして活躍し、一方でネオ・ソウルが台頭してきた時代のR&B。

97年生まれの彼女は、この時代の音楽を物心つくかつかないかの頃に触れ、意識的なのか無意識のうちになのか、『H.E.R.』に収録した楽曲に反映させている。とりわけフィリー系ネオ・ソウルのジャジーなムードはアルバム全体に浸透していて、“Wait For It”ではフロエトリー“Say Yes”(2002年)を引用。彼女が客演したエラ・メイ“Gut Feeling”も似た雰囲気だったが、2018年初頭に発表したシングル“My Song”がマーシャ・アンブロージアスとの共作だったことからもフロエトリーからの影響は明らかだろう。

同時に、“Lights On”はNAOも手掛けるUKのグレイズがエレクトロニカ的な作法で仕上げたスロウ・ジャムだったり、ギャビー・ウィルソン時代に歌っていたドレイクの“Jungle”(引用ネタは、キャンディス・スプリングスが2018年のアルバムでカヴァーもしたガブリエル・ガルソン・モンターノの“6 8”)を改めて披露するなど、2010年代らしいフューチャリスティックでアンビエントなムードも感じさせる。


2018年には『I Used To Know Her: The Prelude』と『I Used To Know Her: Part 2』という2枚のEPも出た。〈プレリュード〉と銘打った前者には、ローリン・ヒル“Lost Ones”の換骨奪胎となる“Lost Souls”や、一緒にツアーを回った仲でもあるブライソン・ティラーを招いた“トラップ時代のネオ・ソウル”とでも言うべき“Could’ve Been”(先頃、トーン・スティスを招いたリミックスも登場)を収録。対して後者の『Part 2』では、アコースティック・ギターやピアノの美しく繊細な音色を際立たせたスロウを中心に披露。果たしてこれらは現在制作中とされる公式ファースト・アルバムの内容を予告したものなのだろうか。グラミー賞の結果がどうあれ、現在21歳のH.E.R.は、未来のR&Bを先導するシンガー/ソングライターとして静かに革命を起こしていくに違いない。