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THE GOSPELLERS x BRIAN MICHAEL COX & J.QUE / ゴスペラーズ新作を手がけたR&Bの名匠たちが語る

ゴスペラーズの代表曲、「永遠(とわ)に」。この曲を生み出したのが、後に、アッシャーの“U Got It Bad”、“Confessions Part II”、“Burn”やメアリー・J.ブライジ“Be Without You”といった大ヒット・シングルを生み出してきた名R&Bプロデューサーのブライアン・マイケル・コックス、そしてビヨンセの“Best Thing I Never Had”やアリアナ・グランデの“Baby I”なども手がけたソングライター&ボーカル・プロデューサーのパトリック“J.キュー”スミスの2名であることは、R&Bファンなら周知の事実だろう。そしてこのふたりが16年の時を経て、ふたたびゴスペラーズとタッグを組んだ。このブライアン&J.キューは、ゴスペラーズがこの10月3日に発売したばかりの最新オリジナル・アルバム『What The World Needs Now』で5曲をプロデュース(ブライアンとJ.キューは個々に1曲ずつも担当)している。このレコーディング・セッションのために今春、ふたりが来日していたところをキャッチ。ゴスペラーズの5人と共に彼らとゴスペラーズとの“繋がり”と最新作について、彼らとゴスペラーズとの“繋がり”と最新作について対談してもらった。そしてさらにブライアン&J.キューのふたりには、今のR&Bシーンに“欠けて”いるもの、日本と韓国の違い、そして彼らがこれまで手がけた楽曲の知られざるエピソードなど大いに語ってもらった。必読の超ロング・インタビュー。

取材/Kana Muramatsu 文責/bmr編集部

(⇒ P5より)
――では、時代の流れという観点から訊きたいのですが、最後に話をしたのが16年前? あの時と今では、音楽ビジネスは大きく変わったと思います。同じソングライティングやプロデュースという仕事において、曲の提供の仕方は変化しましたか?

J.キュー
「俺がこれまで提供してきた楽曲は全て、人との結びつきが生んだものだ」

ブライアン
「それは俺も同じ。しかもそれを本当に理解し出したのは最近のこと。俺は活動当初からマネージャーがいた。クリス(・ヒックス)は容赦なく押しが強い人間だった。曲があったら、かけて聴かせた相手から必ず小切手をもらってくるような、そんなマネージャーだった。そのおかげで数多くの曲をたくさんのアーティストに提供することができた。

そこから俺自身が個人的に関係を深めていった人たちもいる。ジャギド・エッジは本当に初期の頃から個人的に関係を築いてきた。それで当時の彼らの作品は全曲、俺が手がけることができた。リル・モーとも最初から関係を築いてきたし、ジョンテイ(・オースティン)、キューもそう。アーティストでは、ジャギド・エッジ、リル・モー、そしてマライア・キャリーもそう。

逆にメアリー・J.ブライジのように、曲を提供して、そこから関係を築くことが出来たはずだけど、個人的に繋がるところまでいかなかった人もいる。それは、間に立っていた人がいたから。つまり、彼女の場合は、当時のマネージャーで旦那だったわけだけど、彼と連絡を取っていたから、彼女たちが別れたことで、こっちの関係も完全に切れそうになった(笑)。完全に切れそうだったけど、メアリー本人は本当に素晴らしい人間性を持っているし、優しい人だから、ある場で再会したときに、『あなたは私のキャリアの成功において大切な存在。だから個人的に何が起こっていようと(=離婚問題)、ここから新たに私たちは関係を築き直して、また必ず一緒にやりましょう』って言ってくれたんだ。

それだって、アッシャーとの繋がりがきっかけだった。だから、100%が人との縁のおかげ。それしかないんだ。100%。必死になってアッシャーにどうやったら曲を提供できるだろう、って考えての結果じゃない」

J.キュー
「俺は今ブライアンが言ったこと、そして、そこから生まれる、“より良いレコード”のおかげだと思ってる。

“より良い”とはどういう意味かと言うと、それこそブライアンから学んだことだけど。スタジオで、ブライアンの仕事ぶり、アーティストや周りのスタッフとどういう会話をして、どういう風に関係を築いているのかを見て、学んだんだ。相手の話を聞くこと、会話をすることで、相手をより理解することが出来る。そこから、その人が考えてること、その人のそのときの気持ちやムード、その人の世界と共感できるものは何なんだろう、どうすればその人の今の全てをレコードに託すことが出来るか? そのすべてを、そこでの会話の中に見つけることが出来る。そして、それを踏まえた上で楽曲を作る事によって、“より良いレコード”が生まれる。そのおかげでまた次に繋がることが出来るということをブライアンに教えてもらったんだよね。

いわゆる売り込みはほとんどしないんだ。特に今の俺は。それよりも、ケリー・ローランドから電話をもらって、『今アルバムの制作中なんだけど、ちょっと聴いて意見を聞かせてくれない?』って言われて一緒にスタジオ入るようになることもあれば、スタジオに顔出しに行ったら、ベイビーフェイスから『これからこのプロジェクトの制作に入るんだけど、ちょっと手伝ってくれないか』って言われたり。曲を書いて、いろんなところに売り込みで送るというよりも、そういうところから生まれることが多くなった」

――今、ベイビーフェイスの名前が出ましたが、2人で手がけたテイマー・ブラクストンの“Where It Hurts”(『Love and War』収録)はベイビーフェイスやラショーン・ダニエルズとの共作ですよね。

J.キュー
「そう。実際にあの曲はベイビーフェイスのスタジオで書いたんだ。ベイビーフェイスのスタジオでたくさん曲を書いたよ。“Where It Hurts”を書いた時のこと、まだハッキリ覚えてるよ。ブライアンがスタジオで新しい音で実験してたところを、たまたま俺が通りかかって、足を止めて、『なにやってんだ?』って訊いたら、『ただなんとなく』って言うから、『そのビートに曲書いていいか?』って訊いて、『もちろん』って、その場で“取引成立”。

それで曲を書いていて、コーラスの最後の部分がどうしても引っかかってしょうがなかったんだ。何か足りない、何かが違う、って頭を抱えてたんだよ。そこにケニー(ベイビーフェイス)が上の階から降りてきて、スタジオからトラックが流れてるのを聴いて、入ってきたんだ。『なにやってるんだ?』って。それで『この曲書いてるんだけど、聴いてくれない? 何かが違う気がするんだよ』って、彼に歌って聴かせたんだ。そしたら、(ソファから立って、少し前かがみになりながらスウェットの裾に両手を突っ込んで少し内側にスウェットを丸め上げながら)、『それは、ここにあるべき“モーメント”が無いからだよ』、『これが足りないんだ』って。それで彼がちょこっとメロディを変えたんだ。それで一新した。「ワオ!」って思ったよ。彼がこうやって(と、スウェットの裾から片手だけを抜き出し、ボード=コンソールをちょろっといじくる真似)、『どうだ、どう思う? いいだろ?』って、そのままスタジオを出て行った(爆笑)」

ブライアン
「そのトラックを作った過程も、最高に面白かったんだ。実は最新のiMacを買って設置してるところだった。それでスタジオにアントニオ(・ディクソン)があらゆるコードを持ち込んで、そこにまたケニーがあらゆる最新のプラグインを持ち込んできたんだ。正直、どのプラグインを使ったのかさえ全く覚えてないんだ。真っ白だった、って以外覚えてない。自分が持ってたドラム・サウンドを一切使わず、すべて真新しい、クレイジーなノイズばかりのプラグインだけ」

J.キュー
「スタジオの前を通ると、“キュー、ギャーン、ギュー”って(笑)」

ブライアン
「俺は音出しながら、『これってドープだな』って遊んでたんだよね」

J.キュー
「こっちは、一体何やってんだ?って思うわけ」

ブライアン
「音を出したはいいけど、どのプラグインを使ったのか全く検討がつかない状況だった」

J.キュー
「今でも忘れないよ、あの曲を俺の音楽出版の担当に聴かせたときのこと。みんなビックリして、『誰が作ったんだ?』って。『B・コックだ』って言ったら、『B・コックって、どこの?』(笑)」

ブライアン
「なのに、ビートだけ(のファイルが)全く無いんだ。ああいう音に仕上がったのも初めてだし、テイマーの作品の中でも、あの曲は際立ってるはずさ。あの曲こそ、その“瞬間”を完全に飲み込んで、何もせずに曲が曲だけで存在感を放つ代表的な例だね。でも、再生することも出来ないし、ああいうトラックが作れるのはあれが最初で最後だろうと思う」

――ソングライティングの話を続けると、アントニオ・ディクソンの話も出てましたが、キューはアンダードッグスとの仕事も多いですよね? あれはアンダードッグスの一員として?

J.キュー
「違う。ただの共作。アンダードッグスの一員にならないか?って話はあったけど。しかも自分が好きなだけ関われるって話だった。でも、ちょうど自分の組織を解体する最中だった」

――それは、クラッチ(*)のこと?

※……The Clutch。J.キューやケリ・ヒルソンなどを擁したアトランタのソングライター/プロデューサー集団。主に2000年代後半に活躍した

J.キュー
「そう、クラッチ」

――ではやはり、クラッチはもう存在していない、ということですね。

J.キュー
「そう。クラッチを解体してるところで、新しい組織に好きなだけ関われるって言われて、正直、心惹かれた部分もあった。でも気持ちとしては、“つい最近別れたばかり”の状態だった。失恋したばかりって気分さ。だから、『ここに来て、書かせてもらえたら嬉しいよ。でも、新しい組織に入る気持ちにはなれない』って話したら、いつでも来て書けばいい、って受け入れてくれた。だから、今でも一緒に書くことはあるよ。一員ではないけど」

――トニ・ブラクストンの新作『Sex & Cigarettes』では、J.キューは表題曲“Sex & Cigarettes”でアントニオ・ディクソンと共作してますよね。彼はもうアンダードッグスではないんですよね?

J.キュー
「そう、もう一員じゃない。トニー(アントニオ)は今は個人でやってるけど、ベイビーフェイスと一緒にやることが最近は多いかな。共作という観点の話だと、韓国で俺がソングライティングをするときは、(アンダードッグスの)ハーヴィ・メイソン・ジュニアと一緒にやることが多い」

――最近では、ハーヴィとの共作の楽曲“Hands On Me”が韓国で人気のリアリティ番組『PRODUCE 101』に起用されましたね。

J.キュー
「あの曲も面白い経緯があるんだ。ソウルのスタジオで、別の目的のためにハーヴィと曲を書いてたら、SM Entertainmentの社長のクリスがスタジオに来て、『ある番組のために曲が欲しい』って。どういう曲が欲しいか聞いて、その場で書いて、渡したんだ。その数日後、俺がLAに戻ったら、もうその曲がTVで放映されていた。ものすごいスピードだろ? 書いて、2日後にはTVで流れてた」

別の日本人のアーティストと仕事をして初めて、ゴスペラーズとの仕事は常によい関係で良好な状態で制作に打ち込めた本当にレアなケースだ、ってことを実感したよ ―― ブライアン

――J.キューは多くのK-Popアーティストを手がけてますが、ブライアンも数曲やってますよね。

ブライアン
「数年前にAvexと音楽出版契約をして、数組に曲を提供した。(SHINeeのメンバーで、昨年亡くなった)ジョンヒョンにも提供したよ」

―――日本のアーティストとも韓国のアーティストともコラボレーションを経験して、日本と韓国のもっとも大きな違いはなんだと思いますか?

J.キュー
「ものすごく大きな違いがあるよね。韓国は少しエッジがきいてる感じ。それに、“他とは違うもの”を求めてくる。他とは違うもの、聴いたことないようなものを聴かせてくれ、って言われる。ものすごく欧米的な考えだね」

ブライアン
「俺も同じことを思った。それも日本に初来日して、日本のアーティストに楽曲を提供する前に韓国のアーティストとやり始めて、そのときですら本当に斬新さを求められて、欧米的なやり方だなと強く感じた。

日本は当時、楽曲制作の段階で、レーベルの駆け引きだったり、ポリティカルな面が多かった。その前にゴスペラーズとコラボして、それが日本のやり方だと思い込んでたから正直、本当にビックリしたんだ(笑)。ゴスペラーズとコラボして13年経ったとき初めて、別の日本人のアーティストのために曲を書き、売り込んでという作業を日本でしてみたんだ。日本に到着する前は、『ゴスペラーズとも仕事したことあるし、日本のやり方はわかってるから楽勝だぜ』って思ってたんだよね(笑)。

でも今考えると、日本だけでなく、韓国、アメリカ、他の国でのソングライティングの経験と比べても、ゴスペラーズとの仕事は常によい関係で良好な状態で制作に打ち込めた本当にレアなケースだ、ってことを実感したんだ。ぜいたくしすぎてたんだな、って後で2人とも気付いたんだ。日本でJ-Popを作り、曲を売り込むのは思ってた以上に大変で、今までとは全く異なる体験だった。サウンドも経験もすべてにおいて」

J.キュー
「例えるなら(ゴスペラーズは)初めて付き合った相手、みたいなもんさ(笑)。自分がすごく愛して、相手も愛してくれて、付き合ってたときは本当に幸せだった。だから、その後付き合う相手もみんな、同じように最初から自分を愛してくれると思い込んでた。それなのに、次に付き合った相手には散々傷つけられた。そんな感じ(笑)」

ブライアン
「言い得て妙だね。(別の日本人アーティストの仕事では)最後のほうには、『じゃあ、どうして俺たちがやってるの?』って思うほどだった。俺やキューが日本まで来てやる必要ないじゃないかって。最初にアプローチしてきたときは、『誰々のコレを聴いて、お願いしたいと思った』って言ってきたのにさ」

J.キュー
「そう考えてみると、人との繋がり、って話に戻る。俺たちはゴスペラーズの全員とちゃんと話し合いすることが出来た。話が通じ合ったんだ。本人たちが何を求めているのか明確だったし、周りも同じことを俺たちに伝えることが出来る状態だった。他の(ゴスペラーズ以外の)ケースでは、本人ではなく、A&Rの誰々と誰々がどういうのを求めてる、って話で、それに合うように曲を書いて、送って。それで(正式採用されるまで)保留になるよね。その人たちのために取っておく。そのホールド状態が1年続いてやっと、『いい音だ、使わせて』って返事が来る状態」

ブライアン
「その“人との繋がり”で言えば、韓国でも同じ。さっきも話したジョンヒョンとも、本当だったら繋がることもできず、曲も生まれなかったかもしれないんだ。

俺たちが韓国でソングライティングをしていた時のこと。本当はアーティストはスタジオに来ちゃいけないことになってたらしいんだよね。俺たちとアーティストは接触できない、っていうこと。でも、ジョンヒョンは、レーベルに相談すれば行くなと言われるからと、ただひょっこりスタジオに現れた。一緒にソングライティングしたいからと。それで一緒に書いたんだけど。

ジョンヒョンとは、ゴスペラーズと似たケースでありながら、全く違う体験だった。ゴスペラーズとは全ての会話を理解できなくても、お互いに意思疎通する手段をお互いに持っていた。でもジョンヒョンとは(突然やってきたこともあって)全く会話が通じない状態。全く意思疎通が出来ないアーティストとセッションに入るのは人生初だった。ただ何も言わずにスタジオに現れたから、通訳がいるわけでもなく、とにかく一緒に作りたいという気持ちだけで、なんとかトラックを作って、その場で何か感じたら彼が書いて、すぐにレコーディングして、そうやって完成した曲は、提出した瞬間からもう採用が決まったもんだった。だって、もう彼の声で完璧に録音されてたからね」

J.キュー
「ビジネスはビジネスで大事だし、ビジネスを担当する人はちゃんとビジネス面をケアすべきだと思うんだけど、やっぱり、クリエイティヴな人間たちには、ただ一緒にクリエイトさせることで生まれるものってある、ってことも理解すべきだと思うんだ。そうすることで本当に望むものが生まれる。そう思うんだよね」

―――とても興味深い話です。ところで話は変わってしまいますが、ブライアン、あなたは正式にアーティストとしてもシングルをリリースしましたよね。

ブライアン
「まぁ、リリースしたというか、ただポストしたというか。なんとなくインスピレーションを感じて、形にしてみて、みんなに聴いてもらいたいなぁと思ったものを発表しているだけではあるんだよね」

―――でも、『The Thirteenth Letter』というプロジェクトを準備中なのでは?

ブライアン
「それは少し状況が変わったというか。本音で話すと、このプロジェクトはもう12年越しぐらいなんだよね。当時付き合ってた彼女とのことを描いた曲が多かったりして、別れてからお蔵入りして、本当に正直な話、その彼女以降、誰とも真剣に付き合ってないんだ(笑)。やっぱり曲を書く時は自分の恋愛も反映されるからね。

もっと正直なことを言うと、(そこに入る予定だった)全曲、“アッシャーのために書いた曲”なんだ(笑)。書き始める時、これはアッシャーのために書こうって思って。それが結局、自分のところに残った。でも、ここ最近書いた曲は、自分のために書いた曲なんだ。反応も良かったし、自分で出すことに抵抗がないというか、気持ち的にも納得して出せる曲が出来たから、ちゃんとした形で発表したんだよ。自分の周りだけではく、世間の反応が知りたい、という意味も込めてね。

また面白いのが、今またアッシャーと仕事してるから(笑)、またプロジェクトを(気持ちの上で)分けるのが難しくなってるのも事実。ブライアン・マイケル・コックス用と(アッシャー用とを)完全に分けられないから。アッシャーとの仕事中に書いたものは自然とアッシャー用の頭で動く。キューはソングライティングをいつもしているから、区別できるのかもしれない。俺もいつもビートを作ってるし、作曲もいつもしてる。でも、作詞をするには、“特別なスペース”が必要なんだ。その特別なスペースは、本当に特別なアーティストのために取ってある。アッシャーのため、マライアのため。そうだな、ジャム&ルイスとジャネットの関係みたいなものかな。俺にとっては、アッシャーがそう。アッシャーのために書くときには、他のソングライティングは控える。だから自分のプロジェクトはお預けって感じかな。まぁ、不幸な話といえば不幸な話だよね」

J.キュー
「不幸な話だとは俺は思わないよ。ソングライターは、たくさんの曲を書くことは出来る。それでアルバムを制作することも可能だよ。全て、“グレイト”な曲でね。でも、“マジック”を作り出せる相性というのは、そう滅多に出会えるものじゃない。ブライアンとアッシャーが一緒にスタジオに入ると、マジックが生まれる。ケニー(ベイビーフェイス)だけじゃないかな、たくさんのアーティストたちとたくさんのマジックを生み出せるクリエイターは。そういう相手をひとりでも見つけられたら幸運なことってぐらい、レアなことだと思う。そういう相性の相手と何かを作り出しているときは、全霊をそこに向ける必要があるはずさ。ブライアンとアッシャーにはその相性がある」

ブライアン
「そうかもしれないな。まぁ、そういうわけで、皮肉なことに、そのプロジェクト用に書いた曲のいくつかが、今また別の形で甦ろうとしてる。

プロジェクトに関して言えば、笑っちゃうのが、みんなして何年もの間、『いいアイディアがあるんだ。ブライアンはアーティストとしてアルバム作るべきだ。R&B界のDJキャレドになれるぜ』とか言ってくるんだよね。でも俺は聞きながらいつも、『ありがとう、でもそれはお前のアイディアじゃない』って思ってるんだ(笑)。もう何百回と聞いてるよ、って。

正直、ずっとクリエイティヴな場所にいて、昔は自分でアーティストを目指していたから、(DJキャレドのR&B版のように)“R&Bアーティストのフィーチャーばかりでアルバムを作る”となると、本当に特別なものにしなければ、と思ってしまうんだ。だからずっと完成させずに引きずっているっていうのもあるかな。

自分の作品に本格的に取り込まず、躊躇しているのは、どういう作品にしたいかがまだ明確に見えてないから。自分の想いを、やりたいことを全て出し切った1枚を出して、その後でコラボレーション・アルバムを出すべきかな、とかね。頼む相手も厳選しなきゃいけないし」

―――アーティストのフィーチャーといえば、昨年発表した“One Day”はロバート・グラスパーをフィーチャリングした曲でしたね。

ブライアン
「ロバートはまた特別なんだ。奴は幼馴染だからね。子供の頃から一緒だったから。高校だけじゃなくて、小学校もずっと一緒だった。母親同士が親友だっていうこともある。だからロバートと(の制作)はランダムでたくさんあるよ。『Black Radio』にも提供したけど、普段もフュージョンの曲も作るから、ジャズの作品のときには彼にいつも相談してる」

―――でも“One Day”は、美しく書かれたR&Bバラード曲ですよね。

ブライアン
「あの曲が生まれた経緯は、これも面白いんだけど、実はロバートと一緒にR.ケリーのために曲を書いてたんだよ(笑)。ロバートとR.ケリーがシカゴで会ったんだ。R.ケリーがロバートのシカゴでのショーを観に来て、あとでロバートがR.ケリーのスタジオに遊びに行って、そこでピアノでランダムで曲を弾いたらしいんだ。その後でロバートが、『ピアノでアイディアが突然浮かんだんだけど、今週末スタジオで、そのピアノのメロディに合わせてプロデュースして欲しいんだ』って電話してきたんだよ。R.ケリーのための曲だから、特別な音にしなきゃいけない、って。それでロバートがアトランタに来て、スタジオに入って、完成させて、R.ケリーに送ったんだ。そしたらR.ケリーから電話があって、(声真似しながら)『最高だよ。気に入った』って。

それが、12年前?11年前? 結局そのトラックはずっとそのまま保留になってた。ある日、さっき話に出たプロジェクト、当時のタイトル『The Thirteenth Letter』のために曲を制作しているときに、そのトラックが急に頭の中に甦ってきたんだ。ロバートと作ったそのトラックを聴きながら、その場で曲を書き始めた。自然だった。いろんな状況的にも、もうこれは他の誰も歌えないしな、って、自分名義で出すことにしたんだよ(笑)」

―――あの曲にそんなエピソードが! そういえばコラボといえばもうひとつ、最近ビッグ・K.R.I.T.の『4eva Is A Mighty Long Time』への参加だけでなく、彼の「Tiny Desk Concert」でのライブでメンバーとして参加していて驚きましたが、あれはどういう経緯で?

ブライアン
「ビッグ・K.R.I.T.と一緒にデュエット・プロジェクトをやろうとしてるんだ。どういう形にするかはまだ検討中だけど、EPにしようかと思ってる。

K.R.I.T.とは長年の友人なんだ。あのコラボは、ちょうど彼がプロジェクトの終盤に差し掛かってるとき、Telaの”Sho Nuff”をサンプリングしてた曲があって、その許諾が全く取れずにいたんだ。マスター音源のオーナー、トリー・ドレイパーから全く連絡なくて、本当に最後の最後、デッドラインの直前で、『やっぱり許諾が降りない』って。でもこのアルバムを何とか完成させなきゃいけない。すると曲を差し替えなきゃならない。そこで、あの“Sub”(“Subenstein (My Sub IV)”)。でも元々は収録するつもりじゃなかったから、まだ完成はされてなくて。それで俺が結局全て作り直して、収録されることになった、ってわけ。

だからこれもさっきから話に出てる“人との繋がり”。この作品に本当は参加する予定じゃなかったのに、巡りめぐって、Tiny Desk Concertにまで参加することになった。縁、人との繋がりのおかげでね。K.R.I.T.も何年も知り合いだったし、彼のスタッフとも繋がってたし、(Tiny Desk Concertのために)急きょ人が必要になって、他にピアノ・プレイヤーはたくさんいるけど、名前が知られている人がいいってことで、俺に連絡が来た。俺としてはギャラもよかったし、関係を築けるし、これ以上最高な機会はなかったわけだよ。だからすべて縁、人との繋がり。そこから今、一緒にプロジェクトをやろうって話まで発展してる。

みんな知ってるかどうかわからないけど、俺はヒップホップのトラックも作るからね。山ほどネタはある。K.R.I.T.もアイディアが豊富なクリエイターだから、トラックを聴いて、自分の曲にする才能もある。だから2人で面白いことやろうって話になってて、もう俺の中ではすでに10個ぐらいアイディアはあるんだよね。

ラッパーのニック・グラントも同様に、一緒にプロジェクトに取り掛かってる。彼のプロジェクトのタイトルは『Family Reunion』。俺たちが好きな土曜の午前中に部屋を掃除しながら聴く気持ちいい音楽なんかをサンプリングしてるんだ。ビル・ウィザースとか、みんなが好きな曲をチョップアップしてさ。ニックもプロデューサーだから、面白いものが出来ると思うよ」

―――もう予定の時間を大幅に過ぎてしまって、スタジオに戻らなきゃいけない時間のようなのでこの辺で。ありがとうございました。

J.キュー
「ありがとう。そうだ、今こうしてbmrと話が出来るのも、そもそも18年前にゴスペラーズと俺たちを結びつけてくれたのも、今回再会できたのも、全てブレンダ・ヴォーンのおかげだということ、ここで改めて伝えたいし、彼女に心から感謝していること、必ず書いて欲しい」

―――わかりました。必ず書きますね。ありがとうございました。