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映画『オール・アイズ・オン・ミー』特集パート1 / トゥパック・シャクールの知られざる顔

1996年に25歳の若さで世を去ってから20年以上が経った今も唯一無二の存在として愛されるラッパー、2パックことトゥパック・アマル・シャクール。彼の46歳の誕生日に合わせ2017年6月16日に全米公開された映画『オール・アイズ・オン・ミー』は、短くも激しく駆け抜けた2パックの生涯を描いた作品だ。そんな同作が遂に日本上陸を果たすこの12月。今回は『オール・アイズ・オン・ミー』特集・第1弾として、スーパースターとなるまでの2パックの歩みに注目し、その実像に迫ってみたい。

文/丸屋九兵衛(bmr) 写真はすべて『オール・アイズ・オン・ミー』より

洋の東西を問わず、世を去った者に対する罵詈雑言は敬遠されることが多い。だから、生前は賛否両論を呼んだアーティストでも、死んだら仏。その人の生前の行ないを讃える「レスト・イン・ピース」系の言動が、世の中に溢れることとなる。

だが、この男ほど極端な例は少ないだろう。生前はアメリカの東半分の憎しみを一身に受けるくらいの勢いで悪名を轟かせ、だが、死後には「ヒップホップ界の殉教者」として神格化される……という変身を遂げたのだから。

そんな2パックの人生を描いたのが映画『オール・アイズ・オン・ミー』だ。本稿では、そんな彼の歩み――それも特大級のスターになる以前の――を彩ってきた、見過ごされがちな事柄をいくつか拾い上げ、解説していこう。「ギャングスタ・ラッパー」と決めつけるでもなく、「史上最高のラッパー」と持ち上げるだけでもなく、彼の実像を語りたいから。

■Black Panther Party
トゥパック・アマル・シャクールが生まれたのは1971年6月16日だが、彼のことを知るためにはその母から話を始めねばならない。だから、注目すべきは1968年9月、母アフェニ・シャクール(当時21歳)が黒人政治結社「ブラック・パンサー党」に加入した時だ。翌1969年4月にはビル爆破等の容疑で逮捕されるが、アフェニは「裁判で負けたら、収監されるのは弁護士ではなく私たちだから」と、弁護士を雇うのではなく、法廷で自分自身を弁護することに決める。そして見事に無罪を獲得したのだ。

そもそもブラック・ミュージックは母親讃歌が多い世界だが、その中でも燦然と輝くママ・アンセムといえば2パックの“Dear Mama”。かの曲を聴いた人ならば、そんな力強い女闘士である母に対して彼が抱き続けた敬愛も理解できようというものだ。

それと同時に2パックはブラック・パンサーに対する誇り、そして「俺もブラック・パンサーの一員」という自負も抱いていた。たとえ、FBIの弾圧により党が壊滅していようと。その誇りと自負は、彼の左肩のタトゥー(黒豹)や、詩集『ゲットーに咲くバラ』中の何編か、そして一部の曲のリリックに強く表れている。

■MC New York
ヒップホップの基本中の基本は郷土愛。ほとんどのラッパーは、地元の町と深く堅く結びついている。NWAならコンプトン、スヌープ・ドッグならロングビーチ。ヒップホップが市外局番カルチャーとして成立しているのも郷土愛が理由。だから、デトロイトからテキサス州アルバカーキを経て10代後半でロサンゼルスにやってきたイグジビットや、やはり10代後半でフィラデルフィアからロサンゼルスに引っ越したクラプトは例外的存在なのだ。

ところが2パックは……ニューヨークはハーレムに生まれ、10代半ばにメリーランド州ボルティモアに転居。2年後にはカリフォルニア北部のベイエリア、マリンシティに移っている。

もちろん、職業軍人の息子に生まれついたラッパーには引っ越しだらけの前半生を送った者もいる。キッド・フロストもそうだ。だがシャクール家が例外中の例外なのは、母アフェニはもちろんアメリカという国家に仕える軍人ではなく、むしろアメリカと戦うアーバン・ゲリラだったということ。そして一家は、それゆえに度重なる転居を余儀なくされるのだ。

そんな2パックにとって、故郷とはどこなのか。

ベイエリア時代まで「MC・ニューヨーク」というラッパー名を使っていたことを考慮するならば、彼にとってニューヨークこそが故郷だったのだ、と思う。だからこそ、彼がのちにニューヨークのラッパーたちと対立するに至ったのは、余計に痛ましいのだ。

■Bay Area
やむなく転居した先のカリフォルニア州で、2パックに転機が訪れる。勢いで参加したポエトリー・リーディング・ワークショップの先生が彼の才能に惚れ込み、地元ベイエリアの人気グループ、デジタル・アンダーグラウンドに売り込んでくれたのだ!

攻撃性とコンシャスさを併せ持つ2パックの芸風を考えると、「デジタル・アンダーグラウンド出身」という事実は奇妙に思える。このグループの基本は、セクシュアルなユーモアと、壮大かつアホらしいSF小話のミクスチュアだったから。

だが、デジタル・アンダーグラウンドは本来、急進的でメッセージが強く、ブラック・パンサーのようなイメージのグループだったという。彼らの本拠地オークランドが、まさにブラック・パンサーの発祥の地ということもあったのだろう。だが、同じような路線のパブリック・エナミーがニューヨークで人気爆発!という事態を見て、差別化を図ったのだとか。

もともとはメッセージ系のコンシャス・ヒップホップ・グループ。だからこそデジタル・アンダーグラウンドの面々は、由緒正しきブラック・パンサーの息子、2パックとも息が合ったのかもしれない。

■Young Black Male
デジタル・アンダーグラウンドへの加入後ほどなくして、2パックはソロ・デビュー作『2Pacalypse Now』をリリースする。“Young Black Male”と題された曲に始まる本作は、アメリカのインナーシティに生きる若い黒人男性が経験すること、見聞すること、そして彼の脳内に去来する思いを綴ったコンセプト・アルバムだった。

唐突に聞こえるだろうが、ここで60年代前半のNASAで活躍した黒人女性職員たちを描く映画『ドリーム』(旧副題『私たちのアポロ計画』)の話をしよう。日本では「働く女性を応援する映画」としてマーケティングされたからか、同作の日本公式ウェブサイトに載る応援コメントでは「女性差別」は語られても、人種差別は触れられない。だが実際のところ、黒人男性に対するアメリカ主流社会の風当たりは、黒人女性に対するものより厳しいのだ。

考えてもみてくれ。アメリカ合衆国の歴史を通じて社会のほぼすべての面で指導権を握ってきたのは、間違いなく白人男性。その白人男性にとって脅威となるのは誰か? 黒人女性ではなく、黒人男性だ。

ゆえに黒人男性は危険視され迫害されるのである。

90年代になっても――おそらくは今でも――その事実は変わらなかった。だからこそ、2パックは「若い黒人男性がどれだけの苦難を強いられているか」を生涯のテーマと定めたように思える。

なお、『2Pacalypse Now』では刑務所内のこともトピックとなっているが、それは実体験ではない。その時点での彼に収監歴などないから、友人たちの経験を見聞きしてリリックにまとめていたのだ。だが、警察の暴力をテーマにした曲“Trapped”がヒットしているちょうどその頃、彼は初めてムショ入りを経験する。ベイエリアで赤信号を無視して道を渡ったところを警官に捕まり殴打され、挙げ句の果てに投獄されたのだ。

公的権力からの偏見、暴力、そして刑務所。

こうして若い黒人男性の人生を彩る苦難の要素が出揃う。だが2パックは、それらと戦いながらキャリアを築いていくことになるのだ。

ここから先はもはやヒップホップの歴史であり、映画『オール・アイズ・オン・ミー』が詳しく描いている。ぜひ映画館に足を運んで欲しい。

同映画の詳細については、今月下旬に掲載予定の特集・第2弾で語ることとしよう。