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映画『MILES AHEAD』special / 「この作品が特別なのは“伝記映画ではない”という点だ」

2016年暮れに日本公開された『MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間』は、名優ドン・チードルが監督・主演で臨んだ力作だ。この映画が、ついに日本でBlu-ray/DVD化された。マイルスの甥であるプロデューサー、ヴィンセント・ウィルバーン・ジュニアの発言も交えながら、この「伝記映画ではない伝記映画」を読み解いてみよう。

文/bmr編集部 通訳/湯山恵子

伝記映画というやつは、揺りかごから墓場までを描きたがるだろ?

(⇒ P1より)
 映画『MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間』で際立つのは、マイルスのスタイリッシュさだ。
 例えば劇中のマイルスは、音楽ライターのデイヴィッド(ユアン・マクレガー)に「そのダサい服装ではイカン」と断言、自分の服を貸す。マイルスは本当にこんな人だったのか?
ああ。まず、叔父は一日に何度も着替える人だった。着替え、料理作りを楽しみ、水泳をして、また着替えて、音楽に戻る。
もちろんファッションにこだわりがあったし、おまけに気前がいいんだ。いつだったか、ナイキのキャップ、ナイキの服、ナイキの靴を着て、マイルスに会ったことがある。叔父が何と言ったと思う? 『お前はナイキの看板か!』だよ。でも、マイルスは俺を怒鳴りつけた後に、Yohji Yamamotoの服一式をくれたんだよ!

from 'Miles Ahead'

 ここで、2010年代の映画界を見てみると、音楽系バイオピック(伝記映画)が増えていることがわかる。ジェイムズ・ブラウン、ジミ・ヘンドリックス、エイミー・ワインハウス、そしてもちろんN.W.Aの『ストレイト・アウタ・コンプトン』。
 それら伝記映画の中で、この『MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間』には何か特別なものがあるのだろうか。
ヴィンセントは言う。
この作品が特別なのは……“そもそも伝記映画ではない”という点だ。それに尽きる。伝記映画というやつは、揺りかごから墓場までを描きたがるだろ? 『レイ』みたいに。あるいは、グループの結成から解散まで、とか。この映画では、製作陣の誰もそれに同意しなかった
 確かに本作は、「揺りかごから墓場まで」とは正反対だ。回想場面を除けば、劇中の経過時間はわずか2日。その間に勃発したアドベンチャーを通じて、マイルス・デイヴィスというレジェンドの人となりを描いたものだ。しかも、その冒険自体は、100%に限りなく近いフィクションなのである。

 架空の事件に託してマイルスを描くという決断。しかも、一説によればドン・チードルの意図は「ギャングスタとしてのマイルス」を描くことにあったという。確かに、本作中のマイルスは、ユアン・マクレガー演じる記者に出会い頭の顔面パンチを入れ、コロンビア・レコーズの重役に躊躇せずピストルを向け、カーチェイスの果てに若造トランペッターを締め上げるのだ。
もちろんカーチェイスなんか実際にはなかったし、マイルスが銃を手にレコード会社を襲撃するわけなんてない。でもマイルスの音楽にちょっかいを出そうとすれば、間違いなく彼にひどい目にあわされるだろう」とはヴィンセントの弁である。

from 'Miles Ahead'

 この映画が単純なノンフィクションを志向していないことは、若いトランペッター「ジュニア」の存在からも明らかだ。
 ジュニアを演じるのは、『ストレイト・アウタ・コンプトン』でスヌープ・ドッグ役にキャストされ、「似てない!」と非難轟々だったキース・スタンフィールド。だがここで彼が演じているのはキャラクターは、非常に興味深い。レコード会社が推す、期待の若手トランペッター。いったんはマイルスと争うが、しかし最後にはマイルスを助けることになる。
ジュニアというキャラクターは、若き日のマイルスなんだ
 ヴィンセントは言う。
かつてのマイルスはまさにジュニアと呼ばれていた。この映画でジュニアが直面している状況は、青年期のマイルスそっくりだしね
50代のマイルスと対峙する20代のマイルス。主人公に人生を振り返らせるために用意された、鏡の中の分身と言うべきか。

 フィクションとファクトの間を自由に行き来して「人間 マイルス」を描いてきた『MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間』。そんなドン・チードル流「マイルス演出」の白眉は、締めくくりのコンサート場面にある。
 先ほど「心機一転して歩み出す。オーディエンスが待つステージへと」と書いたが、その彼が向かったステージとは、この2010年代に活躍中のミュージシャンたちと交流する、現代のコンサート会場なのだ。
 そこにはもちろんロバート・グラスパーがいるし、音楽担当を断念したハービー・ハンコックもいる。エスペランサ・スポルディングも、ウェイン・ショーターも、アントニオ・サンチェスも、ゲイリー・クラーク・ジュニアもいるのだ。

 確かにヴィンセントが言う通り、これは伝記映画ではないのだ、きっと。最後のコンサートが象徴するように、マイルスの人生と現代のオーディエンスをつなぐ、音楽ファンタジーなのだろう。