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SOLANGE / ソランジュの話題作『A Seat At The Table』を読み解く

ソランジュの華々しい帰還。フル・アルバムとしては『Sol-Angel And The Hadley St. Dreams』以来、およそ8年ぶりとなる最新作『A Seat At The Table』は、アリシア・キーズやケンドリック・ラマーといったアーティストもリリース当初から称賛し、先日はTIME誌の年間ベスト・アルバムで2位に選ばれるなど高く評価されている。音楽、メッセージがアートとして一体となった本作で全米チャート初登場1位も手にし、名実ともに、「ビヨンセの妹」ではない、ひとりのアーティストとして凛々しく成長したソランジュ。その最新作を考察する。

文/出田 圭

8年ぶりとなったソランジュのフル・アルバム第3弾『A Seat At The Table』は、近年でも屈指の存在感を放つ作品だ。全米アルバム・チャートで初登場1位(10月22日付Billboard誌)といったヒット性を抜きにしても、この作品は「立って」いる。

アートワークにまずは見入ってしまう。アメリカ先住民を思わせる髪型・髪飾りの彼女は、ニューオーリンズの硬派バンド、ネヴィル・ブラザーズの作品に使われたとしても何ら違和感ない風貌である。このヴィジュアルは、ソランジュが、マルディグラ・インディアン文化圏を含むニューオーリンズの地に在住していることや、アメリカ先住民の祖先をもつことなどを、ファンに想起させることだろう。そこからは彼女の出自への誇りと尊厳が、ごく自然に立ち上がってもくるだろう。

アルバムのタイトルとなった言葉は「… get a seat at the table」などのかたちで「話し合いの席につく」という意味になる。ここでいう「話し合い」とは何だろう?……と、先のヴィジュアルとも相まって、作品のメッセージ性やリリックの中身などが大いに気になってくるのだが、その前にサウンドについて触れておきたい。アートワーク以上に鮮烈な印象を筆者に与えてくれたのが、本アルバムのサウンドなのだった。

十中八九入れてくるんだろうなと思っていたパワフルなダンス・チューンは、ここにはない。グルーヴィな曲はいくつかあるが、アルバム全体はある一定のトーンに貫かれている。インタールードを挟みながら、曲間なしのノンストップで織り上げられているのは、静謐でミステリアスなアンビエントR&Bの空間である。フランク・オーシャン、ウィークエンド、ジェネイ・アイコ、ティナーシェといった名が想起され、ドレイクやさらにはカニエ・ウェストにも遡るその潮流(ビヨンセの作品にも一部見てとれた)に、この作品は大きくコミットしている。その仕上がりは素晴らしく、芯を感じさせる歌声とのマッチングも新鮮だ。

半数近いトラックで腕をふるったのはあのラファエル・サディークである。ラファエルについては、自身の近作『Stone Rollin’』(11年)にも一部にアンビエント感覚は見てとれたし、近年の仕事でいえば、ビッグ・K.R.I.T.の“Soul Food”(14年)にもそれは垣間見られた。遡れば90年代に自身在籍したトニ・トニ・トニや、彼が手がけたディアンジェロなどで、ときに静寂の美を聴かせてきたという事実もある。しかし、今回の作風への直接の前哨戦となったのは、15年のミゲル“FLESH”(A.K.ポールらとの共同プロデュース)ではないだろうか。同年のアンドラ・デイ“City Burns”(エイドリアン・ガーヴィッツとの共同プロデュース)にも、アンビエントとは呼べなくも近いものがあったといえる。そしてソランジュの『A Seat At The Table』は、ラファエルのアンビエント表現にとって記念碑的な一枚として記憶されるのではないか。独特ともいうべき生演奏的な質感は、アンビエントR&Bの地平に一石を投じているようにも思う。

アルバム全体のプロデュースを担ったソランジュ本人にも導線はあった。エレクトロ系の音を巧みに織り合わせた12年の良質ミニ・アルバム『True』にもアンビエント感覚は見出せた。しかし、とくに決定的といえそうなのが“Looks Good With Trouble”のフル・ヴァージョン。『True』ではインタールード的に短く聴かれた同曲に、新たにケンドリック・ラマーを迎えて別途配信されたそれは、『A Seat At The Table』の雛形でもあったのではないだろうか。

今回のラファエル組には、甥のサー・ディランことディラン・ウィギンズをはじめ、クエストラヴやレイ・アングリー、さらにはマジカル・クラウズやショーン・ニコラス・サヴィージといったカナダ勢も一部に参画。ラファエル組以外では、1曲を手がけたQティップの名が目をひく。また、ビヨンセ作品への参加歴もあるサンファことサンファ・シセイ(来日ソロ公演にも期待)やクウェスことクウェシ・セイ、ナイジェリア出身のオルグベンガといったUK勢のほか、先の『True』以前から交流のあったダーティ・プロジェクターズのデイヴ・ロングストレスなどインディ・ロック系の人材も複数参画している(『True』のプロデュースを務めたブラッド・オレンジことデヴ・ハインズは、今回はごく一部での参加となった)。ビートのセンスが問われもするアンビエントR&Bの土俵で、才人たちが腕を競った作品でもある。

それらにも増して特筆すべきなのは、ソランジュのヴォーカルが以前にも増して素晴らしいということ。豊かさを増したというべきか、角のとれた歌声は深みと奥行きを湛え、リリックが身体に染み込んでくるようだ。リル・ウェイン、トゥイート、ザ・ドリーム、BJ・ザ・シカゴ・キッド、モーゼス・サムニー、ケレラ、アンドレ3000らキャラのあるゲスト勢を迎えてなお、その存在感は揺らぐことがない。Qティップの冴えが光る“Borderline (An Ode to Self Care)”での彼女は、ミニー・リパートンを彷彿させるほどだ。かねてより多用してきた多重録音コーラスも、ときに卓抜な女性トリオ=キング(KING)に通じるような深みをみせる。各曲に聴ける、奥行きとつかみを兼ね備えたメロディの訴求力も大きい。

その歌声が発する言葉も、以前の彼女ものとはひと味もふた味も違っているようだ。力作だった2ndアルバム『Sol-Angel & The Hadley St. Dreams』(08年)でのようなストーリー性は後退しながらも、シンプルなリリックの一節ごとが、現在の人々の心の在りように驚くほど肉迫し、寄り添っているのが感じられる。しばしば比喩的だがけっして難解ではないし、煙に巻くような素振りもない。聴く者をイマジナティヴにムーヴさせ、思考の回路は滑らかにオンとなる。

アメリカという場所で、女性であり黒人であることの複雑さを透かし彫っていくようなそれら歌詞の素案の大半は、約4年前に今回のアルバムに着手した頃すでに彼女のなかにあったもので、近年の社会状況を反映したものではないという(Black Lives Matterなども題材にしていないということだろう)。作品として仕上げていく過程で、そうした社会状況に背中を押された面があったことは率直に認めているが、各曲の主題自体は以前から温めていたもののようだ。

にもかかわらず、『A Seat At The Table』が歌うリリックは、Black Lives Matterや波乱の大統領選を経てきたいま現在の人々の心を写し取るかのようでさえある。偶然なのかもしれない。だが、彼女が自分を含めた人々の心の変化を、何年か前に敏感にとらえていたのも、たぶん事実なのではないだろうか。ディヴァーシティ(あるいは個の尊厳)の根底へと導くような“Don’t Touch My Hair”、思い入れと真実とのギャップを見つめ“ポスト・トゥルース”の現在をも暗示するような“Don’t Wish Me Well”、怒りや熱狂や誹謗中傷を揶揄する“Mad”、地に足をつけた静かで力強い応援歌“F.U.B.U.”などは、洞察力の証左でもあるだろう。ソランジュは、これらで歌われたことは自分ひとりの経験ではなく、多くの人々の経験なのだと語る。自分自身で書いたというよりむしろ、作品がおのずからかたちを成していったと感じているのだとも。

言葉を鍛えてきた、と彼女はこの数年間を振り返る。もとよりコンシャスな人だけに(16歳でのデビュー・アルバム『Solo Star』のジャケット写真でラスタ帽を被っていたのは、当時本気でラスタファリアニズムに傾倒していたからのようだ)、周囲とも熱心に言葉を交わし、自身を磨きつづけてきたのだろう。有益な書物との出会いもあったようだ。人種問題の深層にも迫ると聞くクラウディア・ランキンの著書『Citizen: An American Lyric』(筆者未読)からは、詩作への強いインスピレーションを得たという。また、自分の真実を歌う勇気を、一部のファンの誤解を招くことも厭わずそうしたニーナ・シモーンやローリン・ヒルから学ぶことができたとも。加えていえば、苦悩を受け入れ癒しを生み出す様を作品に見てとるとき、女性であり母親である彼女の成長も見逃すことはできなくなる。

アルバム『A Seat At The Table』には21のトラックを収録している。そのうちフルの楽曲は12トラックで、他は大半がモノローグ入りのインタールードだ。うち2篇では、彼女の両親(数年前に離婚している)が、それぞれの人種的経験などを語ってもいる。自身への両親の影響や貢献を強く意識しているソランジュは、このアルバムを父マシューと母ティナへのトリビュートと位置づけてもいるという。

他のインタールードのモノローグでは人生訓ともいえるものが語られる。その声の主はマスター・Pだ。インタールードで黒人の社会的な向上力と自立力を示したかったソランジュには、功成り名を遂げた人物であり卓越したストーリー・テラーであるマスター・P以外は考えられなかったという(父マシューが以前からマスター・Pを高く評価していたことも遠因なのかもしれない)。また、実際にマスター・Pと話し合えたことは、彼女が考えを明瞭にすることにつながり、詩作にも大きく貢献することになったようだ。

『A Seat At The Table』は、鍛えられた言葉と歌声とサウンドが、理性と感情のバランスが揺らぎつつある現在に問いかけるような作品だ。互いの理解のために言葉を交わす場としてのテーブルをソランジュは用意した。アンビエントなサウンドは、落ち着いて肩の力を抜いて話そう、と語りかけてくるようでもある。それが何らかの癒しを現在にもたらすことを願いたいし、このアルバムはそれに足る作品だと思う。ビヨンセの妹という肩書きが最早ただの注釈にすぎないことを、今年30歳のソランジュは完全に証明してみせた。

※この文章はおもに以下を参照しています。
・ソニーによるソランジュへのオフィシャル・インタヴュー
Faderでのソランジュへのインタヴュー記事(2016年9月30日付)