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MAXWELL interview / 「プリンスは常に僕の中で大きな存在。これからも、僕の音楽の礎であり続ける」

ついに3部作の第2弾にして、7年ぶりの新作となる『blackSUMMERS'night』を発表、そして念願の初来日公演を8月に行うマックスウェル。7月6日(水)の日本盤発売を記念して、彼のインタビューが実現した。この最新作『SUMMERS』や3部作構想についてはもちろん、次作『NIGHT』について、18年前のプロモーション来日の思い出や初来日公演について、亡きプリンス、そして現在の音楽シーンに対する率直な想いを大いに語ってくれた。オフィシャルQ&A、そしてbmr独自質問の2構成で、43歳になった彼の今に迫る。

質問:新谷洋子 bmr質問:末崎裕之(bmr)/通訳:新谷洋子 構成:bmr編集部

過去に発表した作品のクオリティにひけをとらない作品、その評価に相応しい作品をリリースしなければという想いがある。そのためには、ひとつひとつの曲と、長い時間をかけてじっくりと向き合わなければいけない

――デビュー20周年にして、2016年の8月に初来日公演があります。

「随分時間がかかってしまったね(笑)」

――でも1998年夏に『Embrya』のプロモーションで1度来日していますよね。

「ああ、覚えているよ」

――特に印象に残っていることはありますか?

「うん。まず、面白いレストランに行ったのを覚えている。フロアに水族館みたいな巨大な水槽があって、その上を渡って歩くことが出来て、確かサメがいたんじゃなかったかな。それから、日本で映画『クラッシュ』(クローネンバーグ監督の96年公開作品)を見た。とにかく本当に素晴らしい体験だったよ。ただ、時差ボケだけは手に負えなくて(笑)、あれは参った。12時間だからね。でも日本で迎えてくれた人たちはみんな本当に優しくて、そもそも僕のことを知っている人たちがいること自体が信じ難かった。それから、ローブみたいな日本の伝統的な服を着て、写真を撮影したっけ。たくさん写真があるはずだよ。何もかもが『ワオ!』っていう体験だった。今は日本に何人か友人がいるから、8月に行ったら、彼らとも会いたいと思っている」

――まずはそもそも、現在進行中のこの3部作を思い立った経緯を教えて下さい。

「それがバカバカしい話なんだけど、3rd『Now』(2001年発表)を作ってリリースした時、なぜか、レーベルとの契約があと3枚残っていることをすごく強く意識していたんだ。まだ20歳か21歳の時にColumbiaと交わした契約だよ。それで、3枚なら3部作にしたらどうだろうって、ふと思った。確か2002年の段階で思い立って、明言した覚えがある。以来その思いつきを貫徹するべく、アルバムを制作してきたんだ。

もちろん、当初予告した通りにもっと早くリリースできれば良かったんだけどね。1年に1枚のペースで。でも人生ってやつは、なるようにしかならない。そして結果的にアルバムは時間と共に進化し、より良いものへと変化したと思う。それに第3弾はもうかなり出来上がっているから、リリースまでそんなに時間はかからないはず。第2弾ほど待たせないと思う。とにかくこうして次のアルバムを出せることはエキサイティングだし、こういうコンセプト作品を実現させられたこともエキサイティングだ。同じタイトルのアルバムを3枚続けて発表するっていうのは、奇妙なことだけどね(笑)」

――これだけの時間がいつもかかるのは、要は完璧主義者だということなんでしょうね。

「ああ。僕は完璧主義者だし、正直言って、悩んで踏ん切りがつかなくて、何でも引き延ばしてしまうところがある。そしてやっぱり、曲のクオリティについて不安がある。過去に発表した作品のクオリティにひけをとらない作品、その評価に相応しい作品をリリースしなければという想いがある。そのためには、ひとつひとつの曲と、長い時間をかけてじっくりと向き合わなければいけない。例えば“Lake By The Ocean”を書き始めたのは3~4年前のことで、一旦完成させたものの、その後も少しずつ修正を加えて……僕がなぜこういう人間なのか、どこがおかしいのか、自分でも分からないよ(笑)。

とにかく音楽作りを愛していて、アルバムを作るのが好きで、でも時々、大学の試験を受けているような気分になる。試験のために万全の準備をする必要があって、その結果は二度と変えられないってことも分かっていて。それと同じで、アルバムを一旦リリースしたら、そこで鳴っている音をもう変えることはできないわけだろう? 誰もがその状態で聴くことになる。そういったことが、途方もなく大きな不安感を生むんだ。やっぱり、人々に愛されたいと願っているからね。そして後で聴き直した時に、『ああ、あそこを変えておけば良かった』とか『あれをやれば良かった』とか、後悔はしたくない。

でもこれまでに散々そういう状況をくぐり抜けてきて、少し意識が変わったところもある。自分がどこまでこだわろうと、作品は何らかの形で批評にさらされる。ポジティヴな評価もネガティヴな評価もあるだろう。だったら人々の評価はさておき、少なくとも自分はアルバムの仕上がりに満足していたい。だからきっと、いつもこんなに時間がかかるんだろうね。これでもかなりマシになったよ。ワンテイクで満足した曲もある。僕にとってどの曲も極めて重要なんだけど、年をとったし、アルバムという形式をちゃんと受け止めてもらえる時間も限られているだろうから、ゆっくりしていられないというところもある」

――でも結果的に、3部作の第1弾にして久々の新作だった『BLACKsummers’night』は熱狂的に迎えられ、全米チャート1位に輝き、プラチナ・セールスを記録しました。そういう反響をどう受け止めましたか?

「あれは本当にうれしかったよ。大きな安堵感に圧倒されるような、そんな気分だった。あれだけ長い空白を開けて、制作にも長い時間をかけただけに、格別な感慨があった。そして見た目においても、デビュー以来定着していた僕のイメージを払拭していたから、ヴィジュアルではなく音楽だけで評価してもらえていると実感できた。そういったこと全てが、神の祝福のようにありがたく感じられた。ひとつの型に縛られたり、ひとつの決まった芸を繰り返すのは無意味で、何よりも音楽で勝負すべきだということを改めて教えてくれた。

中でも僕を驚かせ、勇気付けてくれたのが、人々の反応だった。多くの人はもちろん『Urban Hang Suite』時代からのファンなんだけど、大勢の若い新しいファンも支持してくれたんだ。音楽を作り、クリエイティヴな意味で意欲的な試みをして、それが世代を超えて幅広い層の人々に届いたというのは、本当に喜ばしい。非常にトリッキーなことだからね。

ほら、僕はコラボレーターを限定しているだろう? 例えば、時にはケイト・ブッシュの“This Woman’s Work”をカバーしたり、R・ケリーが提供してくれた曲(“Fortunate”)を歌ったりもする。あれは素晴らしい曲だったし、R・ケリーの大ファンだからね。あと、アリシア・キーズとデュエットしたこともあるけど(“Fire We Make”)、基本的には自分が歌う曲は自分で書いて、ずっとホッド・デイヴッド(Hod David)とスチュアート・マシューマン(Stuart Matthewman)とプロデュースしてきた。いつも新しいプロデューサーを探しているタイプじゃない。20年前に一緒に音楽を作った人と、最新作でもコラボしている。そうすることで常に普遍的な音を維持し、過去に作った作品に引けをとらないアルバムを作り続けることが出来るんだよ。そういう意味で僕は、信義に厚い人間でもある。第1日目から共に歩んできたんだから、途中で婚姻関係を終わらせたりはしない(笑)」(→ P2へ)