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TARANTULA interview / 13年目のルーキー、ソロ・デビューに込めたヒップホップ愛を語る

アメリカへの留学、ニューヨークでの活動を経て、帰国後の2004年にMassattackとのデュオ=Hi-Timezとしてデビューし、その後Spontania、スポンテニアと変遷を辿ったTarantula(タランチュラ)。昨年末、Yakkleとの「How We Rock」でラッパーとしての存在感を改めて示した彼が、初のソロ作となるEP『1』を4月15日に発売した。DJ Deckstream、Cradle Orchestraの瀬戸智樹、SONPUBという旧知の面々との楽曲に、S-WORD、Takuma The Greatとのマイクリレーとなってパワーアップした「How We Rock Remix」を加えた強力なデビュー作だ。メジャー・デビューから13年目にしてついにソロ・デビューを飾った彼が、ヒップホップとの出会い、ニューヨーク時代のモス・デフやグールーとの邂逅から、ソロに動いた理由、そしてこのEPについてまで、大いに語った。必読のロング・インタビュー。

取材・文/末崎裕之 hiroyukisuezaki (bmr)

ラップするということに関してすごく飢えてた

ーーHi-Timezの頃から数えるとキャリアは10年以上になりますが、今回が初のソロということですよね。

「(Hi-Timezで)メジャー・デビューしたのが2004年で、日本に帰ってきてからは15年になりますが、そうですね、初めてです。ルーキーです」

ーー(笑)。このタイミングでのソロは、何かきっかけがあったんでしょうか?

「きっかけと言えば、色々な要素があるんですけど。元々ずっとグループでやってきて、一度その契約が終わったんですけど、その時点で、まぁスポンテニアとしての活動をストップするということではなくて、各々のやりたいベクトルが違う方向に向かってたというか。

 僕は、ラップするということに関してすごく飢えてた、という気持ちがあって、やっぱ一度はソロでやりたいなっていう願望もあって。どうしてもグループでやると、“グループとしてのメッセージ”になってしまって。グループとしてひとつの大きなメッセージを伝えていく、より幅広い音楽のやり方を選択していく、っていうのもそれはそれで壮大でおもしろいし、やり甲斐があることだけど、イチMC、いちアーティストとしてのTarantulaとして表現できる場所が欲しいっていうのは昔から思ってたんですよね。

 スポンテニアでやってた時は、あまりストリート寄りというか、現場のヒップホップっていうよりは、メジャー寄りでやってて。ただプライベートでは色々と交流もあって、客演で呼ばれたりということはあって、そういう時に『ソロやらないの?』ってのはよく言われたりして、自分もやりたいんだけどね、とは話したりしてて。リアルタイムでヒップホップはずっと聴いてるし、追ってるし、『機会があればな』と思ってたところに今の事務所から『やってみませんか』ってお話を頂いて」

ーー2013年頃からソロでの客演が増えてきた印象がありますが、その頃からソロでやるイメージがあったんでしょうか?

「ソロをやろう、って思い始めたのはそれこそ2012年~2013年ぐらいからで。その後にちょうど、ニューヨーク時代からの友人のDJ SOULJAHが日本に拠点を移して活動し始めたっていうのもあって、ヒップホップを中心にしたグッド・ミュージックを取り上げるラジオ番組(『URBAN SLICE』)をblock.fmで3年くらいやってたんですよ。DJとかラッパーとかいろんな人にもゲストに来ていただいて。

 スポンテニアも一度ユニバーサルとの契約が終わって、相方のMassattackはDJもやりますし、アスタラビスタを始めたりとか、自分たちもずっと突っ走ってきたんで、お互いに他のところを見てみたくなったっていうのもあるだろうし、僕は僕でソロとして何ができるんだろう、って別の表現の場所を模索し始めたのがそれぐらいの頃でしたね」

ーーそしていよいよソロ・デビューとなるわけですが。EPの1曲目、「Why」は瀬戸智樹さんとの曲ですが、スポンテニアの『スポンテニア』(2010年)でも瀬戸さんと一緒にやっていて、その「A PLUS」は実質のソロ曲でしたよね。

「瀬戸くんはかなり付き合いが長くて、公私共々仲良くしてて、今たまたまなんですけど家も近所だったり。一番最初の彼との接点はCradle Orchestraで、僕は純粋に彼の作っている音楽のファンで。海外のラッパーとかシンガーを起用して、オーケストラと打ち込みでやるって新しいしカッコいいし、なおかつ日本人の琴線に触れるっていうのがいいなって。友人を介して彼を紹介してもらって、一度メシを食ったらすごく意気投合して。それからは事ある毎にメシ入ったり飲み行ったりプライベートで交流が深まっていって。

 それで『スポンテニア』の時に1曲ずつ各メンバーがソロ曲をやるってなった時に、瀬戸くんやって欲しいなって。というのもその当時まだ、瀬戸くんは日本人のアーティストに楽曲を提供したことがなくて。別に彼が『(日本人とは)やんねーよ』ってやってたわけじゃなくて、たまたまやる機会がなかったみたいで。それでアルバムの中でこういう企画があるんだけどやってくんないかな、って訊いてみたら、全然いいですよ、ってことであの曲が出来たんです。彼もこだわりを持って音楽をやっている人間なんで、純粋に嬉しかったですね。今回のEPも実は彼がキーマンなんですよね」

ーーキーマンというのは具体的にどういうことですか?

「去年の9月に〈SOUL CAMP〉あったじゃないですか、豊洲PITで。コモン(Common)、ブラック・スター(Black Star)……モス・デフ(Mos Def)は来なかったですけど、あとローリン(・ヒル Ms. Lauryn Hill)で、『行きたい!』って観に行ったんです。まぁ、出てる人は前にもけっこう観たことはあったんですよ、ローリンもニュージャージーの〈Rock The Bells〉で観たし、モス・デフもタリブ(・クウェリ Talib Kweli)もコモンも。でも〈SOUL CAMP〉のコモンのライブがものすごい良くて、俺の中でターニング・ポイントになったんじゃないかってくらい。ライブの運びとかMCとかメッセージ性とか、もうすげぇなぁって。そこでガツンと持ってかれて、『本格的に動き出さなきゃ』って思ったんですよね。それで瀬戸くんにその話をして、口説き落として。共同制作者じゃないですけど、僕ひとりじゃ何もできないんで、エンジンとなってくれる人というか。それで瀬戸くんは快諾してくれて、一緒に動いてくれたんですよね」

ーーなるほど。瀬戸さんのこの「Why」のトラックは、2000年代初頭の頃のジャスト・ブレイズ(Just Blaze)のような速回し系の感じもあって、懐かしさもあり、でもフレッシュな印象がありました。

「そうですね、懐かしさだけじゃなくて、今聴いても新鮮に聞こえるって仕上がりは目指してました。ただの回帰主義じゃなくて、今、2010年代に聴いてカッコいいと思えないと。それから、やっぱり一発目のリード曲は“ど真ん中”で行きたいってのもあって。まぁ人によって何がど真ん中かってのはありますけど。薄めずに、でもポピュラリティの得られる曲をやるっていうのは、コモンのライブの影響も大きいですね。温かみのある曲を作りたかったというか。コモンだったら、“The People”とか“The Corner”とか、コミュニティというか地元を感じる曲が多かったんで、僕もそういうところから始めて行きたいなって。あまり打ち込み、打ち込みっていう感じよりも、ソウルフルというか。ハードなヘッドバンガーみたいな曲も入れましたけど、これについては朝聴いて、『元気でるわ』とか、落ちてる時に頑張ろうと思えるような曲にしたかったですね」(→ P2 「モス・デフのお父さんに呼ばれて[Electric Lady Studios]に行ったら、コモンがちょうど“The Light (Remix)”を録るところでへ)