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JIMMY JAM & TERRY LEWIS / ジャネット・ジャクソン新作をジャム&ルイスが語る

ついにジャネットが帰ってきた。あの『Rhyhm Nation 1814』発売から25周年となる今年、その名もRhythm Nationなるレーベルを立ち上げて発表されたニュー・アルバム『Unbreakable』。オリジナル・アルバムとしては実に7年半ぶりとなることや、11月に14年ぶりとなる来日ツアーが決まっていることも話題だが、なんといっても86年の『Control』からジャネットを支え、彼女を唯一無二のアーティストの座に就かせたジミー・ジャム&テリー・ルイスが久々に全面プロデュースしているというのが最大のトピックだ。この新作発売を記念して、なんとジャム&ルイスの貴重なロング・インタビューに成功。彼らとジャネットの“アンブレイカブル”な絆について、彼ら自身の言葉で語ってもらおう。まずは日本盤の素晴らしい解説を担当した荘 治虫氏によるオフィシャルQ&A、そしてその後にbmr独自質問をお届けする。

質問:荘 治虫/通訳:渡瀬ひとみ bmr質問:末崎裕之(bmr)/通訳:Kana Muramatsu 構成:bmr編集部 ジャム&ルイス写真提供:Getty Images

新作は、ジャネットに合う音楽、というのがテーマ。彼女に集中して作った音楽だ

――まず、ジャネットとの久しぶりの作業はどういう風に始まったのでしょうか?

ジミー「2年ぐらい前だったかな、一緒にランチを食べたんだよね。その時は音楽のことは何も話さなかった。お互いの人生の近況を報告し合ったりして、『最近どう?』というような話をしていたんだ。それから彼女のマネージメントの人と会うことになり、彼女が新しいアルバムを作ろうとしている、という話を聞いた。マネージメントから、ジャネットが僕たちと一緒に仕事ができれば夢のようである、と言われて。それで、そういうことであれば話は早いよ、とテリーが答えたんだ。僕たちが彼女に電話をすればいいだけのことだから。マネージメントとか、彼女の弁護士を通さなくてもいいわけだからね。一緒にアルバムを作らないか?って彼女にただ訊けばいいだけのこと。そういった話をしたら、『もちろん、やりましょう!』ということになって、それで実際に作る事になったんだ。

そして、プリプロダクションを去年の9月前ぐらいにして、その頃に口頭でどんなものを作っていきたいか、という話しをさせてもらって……。あっ、言い直してもいいかな? 実際には1年ぐらい前にこういった会話をして、スタジオに9ヶ月ぐらい前に入ったので、アルバムのレコーディングは全部で6ヶ月ぐらいかかかった。1月から7月ぐらいまでかな。8月に入ってからはミキシングみたいなことをやっていたからね。曲を書いて、歌ってもらって、プロダクションをその間行なった。1月ぐらいから6月、7月ぐらいまでじゃなかったかな」

――今回一緒に仕事をしてみていかがでしたか? うまくいきました?

ジミー「そうだね(笑)。素晴らしかったよ。僕らは昔から友達なので一緒に仕事をしていて心地いいんだ。もう、30年間以上一緒に仕事をしてきているから、お互いに対する信頼もできているしね。『Control』は考えてみれば、30年前に作って、レコーディングしたもの(※来年2月に発売30周年を迎える)。自転車に乗るようなもので、ずっと乗っていなくても、乗ればすぐ感覚が取り戻せるようなものだった。そんな感覚かな」

――なるほど……。今回はクレジット欄がすっきりしたアルバムですね。基本的にあなたがた、ジャム&ルイスとジャネットによる以前の制作体制に戻ったわけですが、その理由は?

テリー「プロダクションにおいて一つの統合されたブレーン集団が確立されるといい作品ができる、と僕は信じている。すべてのプロジェクトを同じプロデューサー陣で固めた方がいい作品ができていた。それはどんなものにおいても、だ。こっちで1曲やって、また違うところで1曲やって、という手法で成功するというやり方をけなすつもりはない。でも、僕たちがよく使う表現でいうと、“アルバム全体のフィーリングを作っていく”っていうことかな(笑)。この表現、みんな使わなくなっているよね?(笑) こういうことができるブレーン集団がいる、というのは大事なこと。僕たちがプロデュースすることによって、一つの統一した流れができる。どういった曲を選んでいくのか、どんなプロデューサーたちが関わっていった方がいいのか?関わるべきなのか? 僕たちが書いて、レコーディングしていく曲すべてにおいて統一感のあるものになっていくと思うんだよね」

――今回は若手のプロデューサー、ドウェイン“デム・ジョインツ”アバナシー(Dwayne “Dem Jointz” Abernathy)の起用が意外でした。起用することになった経緯を教えてください。彼はドクター・ドレー(Dr. Dre)の『Compton』でもプロデュースしていますね。

ジミー「そうだよ。実際に彼は、ジャネットのプロデュースと同時期にドクター・ドレーの作品をやっていたんだ。ドクター・ドレーのスタジオとジャネットのスタジオを行き来してた。とても忙しくしてたね(笑)。

彼は、(音楽出版の)BMGを通して出会ったんだ。BMGはジャネットのレーベル、Rhythm Nationのパートナーでもある。BMGのクリエイティブ部のザッツ・キャットとヴィーナス・ブラウンに紹介されたんだ。もしコラボとかで興味があったら、才能のあるプロデューサーや作曲家陣をいっぱい知っているから紹介できる、って元々言われていたんだ。どんな作品を作っているのかを聴きたいって言ったら、実際に彼らはスタジオにやってきて、3~4曲かけてくれた。そこで『これ誰が作ったの?』って言ったら、デム・ジョインツという奴だと言われて、『こいつに会いたい!』って言ったんだよね。彼の作品をさらに聴きたいということよりも、とにかく会ってみたい、って思ったんだ。なぜかというと、彼の音楽のサウンドには深みがあったから。とても現代的であると同時に、僕たちがやろうとしていることと、とても合っていた。そして実際に会ってみたらとてもいい人だった。素晴らしい人だったし、個性のある人。そして僕らはファミリーになったんだよね。

もうひとり、今回のアルバムの共同プロデューサーでトミー・マクレンドレン(Tommy McClendon)というやつがいて、ミスター・マクレンドレン(Mr. McClendon)名義でやっている。トミーは、ジャネットとずっと前からの知り合いで、彼女の甥っ子の作品でも関わっている(※オースティン・ブラウンのこと。トミーはオースティン率いるバックパック・キッズの一員)。彼女がある日、彼の作品を僕たちに聞かせたいと言って、彼が作ったトラックを送ってきたんだ。聴いたら、これが素晴らしくて、驚かされてしまった。彼とは何か一緒にやるべきだ、って思ったね。

彼が入ってきてからは、もうこれで決まり!という感じで、他にどこかに行く理由がなかった。テリーがさっき言ってたようなブレーン集団ができたんだ。デム・ジョインツとミスター・マクレンドンがいて、それ以上は必要なかったんだ。“BURNITUP!”ではさらにミッシー(・エリオット)が関わっていて、これはちょうどいい具合に挟み込まれたと思うけれど、それ以外はいらない感じだったね。ミッシーは最高なので。でも、関わっている人間はそれだけだった。とても、まとまっていて、集中された作品。ジャネットに合う音楽、というテーマに絞られていたと思う。他の人の音楽ではなく、彼女に集中して作った音楽だった。だから、すごくうまくいったんだよね」

――ミスター・マクレンドレンについてですが、トミー・マクレンドン=トーマス・ランプキンス(Thomas Lumpkins)=トーマス・パーカー(Thomas Parker)は同一人物だそうですね。彼も本作の複数の曲のプロデュースなどに名を連ねていますが、いろいろな名前でやっているのでしょうか?

ジミー「作者としては、ランプキンスという名前を使っているみたい。プロデューサーとしてのクレジットは、ミスター・マクレンドレン。僕にはよくわからない。3人か4人か、同時にいろいろな人になろうとしているのかもしれない。僕にはわからないね」

テリー「彼はスーパーマンのような存在だよ。クラーク・ケントみたいにさ」

ジミー「まったくその通りだ」

――そして、彼はジャネットの甥っ子さんとお仕事をされたんですね?

ジミー「オースティンと一緒に曲を書いた人だ」

――甥っ子さんが、彼女と仕事をしたらいい、って思ったんですかね?

ジミー「彼女が、僕たちが彼の音楽のことをどう思うか、意見が欲しかったみたい。そして、聴いてみたら、素晴らしかった。驚かされたよ。共作するのには素晴らしい人材だと思い、実際にやってみたらその通りだった。素晴らしい共作者だよ」

――J・コール(J. Cole)とミッシー・エリオット(Missy Elliott)のふたりのゲストはどのように決めていったのでしょう?

テリー「面白いね(笑)」

――面白い?

ジミー「ふたつの理由があった。“No Sleeep”が出来上がった時、誰かにラップを入れてもらいたいと思っていたんだ。僕たちはJ・コールのファンでもあったんだけど、この曲の味みたいなものを彼だったら上手く出してくれるんじゃないか、と思って。そういう繊細さを持っている人だなって思ったんだ。作った時は、この曲がどういうものなのか、僕たちにはわからなかった。でも、多くの人たちがこれには90年代の雰囲気が出ている、って言うんだ。“That’s The Way Love Goes”みたいな雰囲気。それはいい例えだと思う、って思った。それで、そういったスピリットを醸し出してくれる人がいいと思ったんだよね。ただ、“ラップで参加した”というのではなく、有機的にレコードの一部として参加して欲しかった。ただ、ラップしただけのものは僕はあまり好きではない。だから、いわば“ファミリー”にならなければならなかった。J・コールはそういったこともできて、そういう雰囲気を曲に出してくれると思った。

そして、彼はそれを完全に成し遂げた。彼はとても深いところまで掘り下げて、歌詞なども曲ととても合っていたし、すべてのフィーリングが醸し出されたものにしてくれて、アプローチも、すべてがレコード全体と合うものを作ってくれた。そういったことに僕たちは喜びを感じていた。まずそもそも、彼のアルバムは素晴らしかったし、単純に好きだから、彼に参加してもらおうと思ったんだよね。未だにその年の僕のお気に入りのアルバムにもなっているし、彼は素晴らしいよ」(→ P2に続く)