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DAVID MORIN interview / 「僕はネオ・ソウルを聴く運命にあった」 カナダの新鋭が語る

ディアンジェロやミュージック・ソウルチャイルド、エリック・ロバーソンらからの影響を強く感じさせるバンクーバー出身の新進ネオ・ソウル系シンガー、デヴィッド・モーリン。ビートボックスとギターを武器にバンクーバーのストリートでパフォーマンスを続けてきた苦労人が、ネオ・ソウルや90年代R&Bからの影響、音楽への強い情熱、そして長い時を経てようやく辿り着いたデビュー・アルバムに込めた想いを語る。

取材・文/末崎裕之 hiroyukisuezaki (bmr)

デヴィッド・モーリン(David Morin)。今春、ポジティブなメッセージを放つデビュー・シングル“Life Goes On”をきっかけにThe SourceやVIBEを中心に様々なメディアで取り上げられ脚光を集めた、カナダはバンクーバー出身の新進ネオ・ソウル・シンガー。ディアンジェロやミュージック・ソウルチャイルドから、エリック・ロバーソン、あるいはスティーヴィー・ワンダーらからの影響を強く感じさせる新鋭だ。

しかし、新鋭といっても実は現在32歳。10年以上前にR&Bグループとして一度は世に出るも解散、その後は世界各地のストリートでライブ・パフォーマンスを重ねてきたという苦労人だ。その彼がついにデビュー・アルバム『Every Colour』を7月15日に発売する。彼の音楽性やこれまでの道のり、そしてアルバムに込めた想いを、今回実現したインタビューからひも解いていこう。

僕はネオ・ソウルを聴く運命にあった。
だからそうした影響を感じるという指摘があっても驚かないよ

ビートボックスとギターを武器に、“ひとりバンド”状態で世界各地のストリートを始め様々な場所でライブを重ねてきたというデヴィッド・モーリン。彼が注目されたのは、先述のとおり、今年3月にリリースされたデビュー・シングル“Life Goes On”だ。初期ディアンジェロあたりを思わせるハーモニーやホーン・アレンジにネオ・ソウルの香りが漂うが、ポップで人懐っこいメロディはママズ・ガン(Mamas Gun)などのUKソウル的なキャッチーさを備える。

そして、メッセージは明快だ。「道を間違えても、人生は続く」、「ネガティブなことばかり言うのは止めて、そんなものは風に乗せて捨ててしまえ」、「たとえ周りに無理だと思われても、ビートを止めてはいけない」と、失敗や批判を恐れずに自分の夢を追いかけようと語りかける。

この曲は僕にとって深い意味を持つんだ。どんな人でも、自分が何者なのか分からず悩むことがあると思う。そしてそういう悩みは自分の実存を脅かし、すごく不安になる。こういうことは、行動を起こさず、考えてるだけのほうが怖いんだよね。だから、このメッセージを共有したいと思ったんだ。失敗のリスクは常にあるけれど、何もしないでいてもうまくいくことはない、ってみんなに知ってもらうために。どれだけの犠牲を払っても、好きなことをやろうよ、って

これは、この曲を世に送り出すまでに彼が経験した半生を反映したメッセージでもある。10代の頃はジョデシィ、ボーイズIIメン、R.ケリーといったリアルタイムの90年代R&B(彼はライブでブラックストリートの“No Diggity”――曰く、「“No Diggity”、最高」――もカバーしている)に夢中になった彼は、地元の友人ジーナ・フェア(Jena Fair)、オマー・カーン(Omar Khan)と共にR&Bトリオ=シェイズ・オブ・ソウル(Shades Of Soul)を結成し、2003年に“Get With You”でデビュー。バンクーバーのアーバン・ステーションではヘビーローテーションされたそうだが、しかしほどなく解散することになる。

すごく若いときは、シェイズ・オブ・ソウルってトリオのメンバーだったんだ。僕らはみんな肌の色が違ったからそういうグループ名だっただけで、皮肉な名前のつもりじゃなかったんだけど、うまくいかなかったね。ボーカルのR&Bトリオで、みんなリード・シンガーだった。でも、僕とグループの間で個人的な問題があって、結果的に解散することになったんだ

ジーナ、オマーたちとは「今でも友人」と話すように、解散後も友情は続いているようだ。ちなみにオマー・カーンは、DJカリル(DJ Khalil)の下でエミネム“Survival”やドレイク“Fear”、クリプス+カニエ・ウェストの“Kinda Like A Big Deal”などを手がけているチン・インジェティ(Chin Injeti)とつながっており、インジェティのミックステープに参加しているほか、インジェティのプロデュース曲などもある(インジェティもバンクーバーの人のようだ)。この関係によるものか、デヴィッド、オマー、チン・インジェティの3人のアコースティック・パフォーマンス映像がFacebookに上げられているほか、インジェティもメンバーとなるDJカリル指揮のグループ=ニュー・ロイヤルズ(New Royals)に加えてオマー、デヴィッドという組み合わせのコンサートがバンクーバーで開かれたこともあったようだ。

バンクーバーといえばDo Right! Musicに所属するソウル・シンガー、ドーン・ペンバートン(Dawn Pemberton)(→デビュー作『Say Somethin’』フル試聴)の名も浮かぶが(デヴィッドも「ドーン・ペンバートンの歌声や存在感は大好きだ。いつか彼女と一緒に何かやってみたい」とラブコールを送る)、「バンクーバーにはたくさんの才能が集まっている。バンクーバーがホットスポットになるのも時間の問題だと思うね」と彼が言うのには、チン・インジェティのような存在も大きいのだろう。インジェティ経由でデヴィッドの歌声が思わぬところで響くことも近い将来あるかもしれない。

話は戻るが、ニューヨークのスタジオでレコーディングする機会もあったなどこれからという時に訪れたシェイズ・オブ・ソウルの解散は、今でこそ「成長するために必要な経験のひとつだよね」とポジティブに捉えているが、当時の本人にとっては苦い経験だった。実際、絵を描くなど、「自分探し」を始めたのだとか。そしてその中でソロでの活動を始める。友人に見せてもらったループペダルに夢中になり、ループペダルを駆使しているストリートのミュージシャンにもインスパイアされ、ギター、ビートボックス、ループペダルを使ったソロ・パフォーマンスの形を作り上げていった。彼はレストランで働くなど様々な仕事で生計を立てながらストリートに立ち続けた。

“Life Goes On”や“Grow”は、自分の人生における情熱を探すというテーマの曲。レストランで働くことはそういう情熱の対象ではなかったわけだけど、おかげで、『なんで自分はやりたくもないことで時間を無駄に消費してるんだろう』っていう感情が曲に反映されてると思う。みんなこのクレイジーな世界でやっていかなきゃいけなくて、時には夢を叶えるためにやりたくもないことをやることがある。今は仕事を辞められて、自分の情熱に専念することができるようになってよかったよ」(→ P2に続く)