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G-Eazy

G・イージー

1989年生まれ、ウクライナ系アメリカ人の新進白人ラッパー/プロデューサー。本名はジェラルド・ギラム(Gerald Gillum)。インディ発であり、DIY的なスタイルで地道にファンを拡大させていく形でヒットに至ったなどの共通点から、マックルモア(Macklemore)と比較されることが多い。また、ハンサムなルックス、193cmの長身でハイブランドを着こなし、ステージではトレンチコートを羽織るなどファッション・アイコンとしても注目されており、2015年にはGQによる「The 10 Best-Dressed Men at New York Fashion Week」のひとりに選ばれている。

元サンフランシスコ・アート・インスティテュートの教授を務めた写真家・版画家のスザンヌ・オルムステッド(Suzanne Olmsted)を母に持つ。父はカリフォルニア州立大学フレズノ校の芸術学科の准教授で、アリゾナ州テンピで生まれたが、幼少期に両親は別れ、母と共にカリフォルニア州バークリーの祖母に移り、その後オークランドで育った。12歳の頃には母親がメリッサという女性と交際するようになり、受け入れるまでに時間がかかったものの、次第にメリッサを家族として受け入れられるようになっていったが、メリッサは躁うつ病の治療用の薬を常用するようになり、ある日薬物中毒で亡くなっているところをジェラルドが発見したと“Everything Will Be OK”という曲の中で振り返っている。

カニエ・ウェスト(Kanye West)や、ベイエリアの重鎮E-40などから影響を受けたが、特にリル・B(Lil B)らによるバークリーのヒップホップ・グループ=ザ・パック(The Pack)の面々とは高校の同級生で、彼らが2006年に“Vans”というローカル・ヒットで注目を集め、自分たちでミックステープを売って活躍するようになった姿に触発され、本格的にヒップホップへの道を進むようになる。15歳の頃だった。ニューオーリンズのロヨラ大学に進学し、音楽業界について専攻しマーケティング、プロデュースなどについて学びながら音楽活動を続けていくが、マイクを握るだけでなく自らビートも作り、また大学で学ぶうちに、インターネットでは無料で音楽を発表しながら様々なクラブでライブ活動を行っていくことが、ファンを増やしキャリアを続けていくのに必要だという結論に達したとか。2011年にロヨラ大学を卒業後、かつてのジョニー・キャッシュを意識したヘアスタイルや全身黒のファッション、そして音楽的にもオールディーズをサンプリングするなどレトロ路線で独自性を築くようになった。2013年にはリル・ウェイン(Lil Wayne)によるツアー〈America’s Most Wanted Music Festival〉に参加する機会を得るなど大きな舞台に出る機会が増え、リル・ウェインやT.I.らをマネジメントしているBlueprint Groupと契約する。

2014年6月にはソニー系のインディ・ディストリビューター RED Distributionとの提携の形でBlueprintからデビュー・アルバム『These Things Happen』をリリース。インディながら初週およそ4万6000枚を売り上げ、全米チャートで初登場3位、R&B/Hip Hop Albumsチャートで初登場1位を獲得。これを受けて、クリエイティブ・コントロールを自身が掌握する形で、かつて契約を断られたことのあるRCA Recordsとのメジャー契約を手にし、名実共にベイエリアの注目ラッパーとして存在感を増し始める。