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Karriem Riggins

Karriem Riggins

カリーム・リギンス

ジャズ・ドラマー、そしてヒップホップ・プロデューサーとして活躍するデトロイト出身のベテラン・ミュージシャンで、ジェイ・ディー/J・ディラ(Jay Dee / J. Dilla)やマッドリブ(Madlib)と長年コラボレーションしてきたことでも知られる。

1975年8月25日、デトロイト生まれでフルネームはエマニュエル・カリーム・リギンス。父は、主に60年代にBlue Note Recordsで活躍したグラント・グリーン(Grant Green)作品のキーボーディストとして知られるエマニュエル・リギンス(Emmanuel Riggins)で、2015年に亡くなっている。

父の影響でジャズにも親しみ、ピアノやトランペットも学んだが、幼い頃からドラムに惹かれ、ドラマーの道を進む。家ではソウルやファンクもよく流れていたという。90年代前半には晩年のベティ・カーター(Betty Carter)のバンドに呼ばれてニューヨークでジャズ・ドラマーとして活動するようになり、そのままデトロイトには戻らずしばらくニューヨークを活動の拠点とした。ア・トライブ・コールド・クエスト(A Tribe Called Quest)などのヒップホップの洗礼を受け、高校生の頃には自分の叩いたドラムをループして遊ぶなどビート・メイキングに興味を持つようになり、1996年にデトロイトのDJハウス・シューズ(House Shoes)からドラムマシンのAKAI MPC3000を安価で譲り受け、本格的にヒップホップのビート制作にも取り組むようになった。

そして、ロイ・ハーグローヴ(Roy Hargrove)やレイ・ブラウン(Ray Brown)、マルグリュー・ミラー(Mulgrew Miller)などのバンドで演奏していたカリーム・リギンスは、1996年末、シカゴでの公演でコモン(Common)と知り合い、1997年に発売された3作目『One Day It’ll All Make Sense』の最後を飾る“Pop’s Rap Part 2/ Fatherhood”のプロデュースを手がける。これが彼にとって初のヒップホップ作品のプロデュースとなった。セッション・ミュージシャンとしてツアーに明け暮れる日々に疲れていたカリームは、この曲の制作に集中するため、ニューヨークを離れてデトロイトに戻ることとなる。ディラとはそれまで面識がなく、同じデトロイト出身であることも知らなかったが、この時、コモンの紹介で知り合ったという。なお、ディラは『One Day It’ll All Make Sense』用にビートを作っていたが、この時は採用されず、2000年発売の次作『Like Water For Chocolate』にその機会を譲ることとなる。カリームは以降、ディラと交流を深め、ディラが2001年に発表したデビュー作『Welcome 2 Detroit』でカリームが作ったビートが使用され、“The Clapper”として収録された。

その後も、レイ・ブラウン・トリオ、マルグリュー・ミラー・トリオなどの一員としてジャズ・ドラマーとしての活動が基本ではあったが、カール・クレイグ(Carl Craig)を筆頭にアンプ・フィドラー(Amp Fiddler)らデトロイトの腕利きが集結したデトロイト・エクスペリメント(The Detroit Experiment)のプロジェクト『The Detroit Experiment』(2002年)に参加したほか、コモンやディラとの出会いから、以降はスラム・ヴィレッジ(Slum Village)、ザ・ルーツ(The Roots)、タリブ・クウェリ(Talib Kweli)、ドゥウェレイ(Dwele)、エリカ・バドゥ(Erykah Badu)などネオ・ソウル~ヒップホップの作品やツアーに参加するように。2008年には、キザイア・ジョーンズ(Keziah Jones)の『Nigerian Wood』をほぼ全編手がけている。

また、ディラを通してマッドリブとも知り合い、マッドリブが全面プロデュースした2007年のジャズ・コンピレーション『Yesterdays Universe』に全面的に参加。そして同様にディラを通じて知り合ったピーナット・パター・ウルフ(Peanut Butter Wolf)に気に入られ、Stones Throw Recordsと契約。数年間アイディアを温めていたという、ソロ名義としては初のアルバムとなるビート集『Alone Together』を2012年にリリースした。

『Alone Together』発表後、カニエ・ウェスト(Kanye West)のプロデュースなどで知られるチェ・ポープ(Che Pope)から連絡があり、カニエから『Alone Together』のビートを使いたいとの申し出を受け、カニエと知り合う。カニエが2013年作『Yeezus』を発表する前のことで、カリームは「新しいビートがある」と提示し、気に入られたものの、最終的に『Yeezus』には収録されなかった。だがその後しばらくしてまた連絡があり、2016年作『The Life Of Pablo』に収録された“30 Hours”のビートを提供することになる。2016年はさらに、ケイトラナダ(KAYTRANADA)『99.9%』の“Bus Ride”やエスペランサ(Esperanza Spalding)『Emily’s D+Evolution』に参加したほか、コモンの『Black America Again』を全面プロデュースするなど、大活躍の年となった。

他にもドラマーとして、ポール・マッカートニー、ダイアナ・クラール、ハービー・ハンコック、ドナルド・バード、オスカー・ピーターソンなど幅広いアーティストと共演している。