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D∆WN (Dawn Richard)

D∆WN (Dawn Richard)

ドーン・リチャード

ドーン(D∆WN)ことドーン・アンジェリク・リチャード(Dawn Angeliqué Richard)は米ニューオーリンズ出身の女性シンガー。ダニティ・ケイン(Danity Kane)、またディディ-ダーティ・マネー(Diddy-Dirty Money)の元メンバーとしても知られるが、2011年以降はソロとして活躍。2015年以降はD∆WNという表記に改めている。ジャンルに囚われない音楽性は「アヴァン・ポップ」とも評され、ビョーク(Bjork)などと比較されるほか、その繊細なコーラス・ワークや声質からブランディ(Brandy)と比較する声も少なくない。

1983年、ニューオーリンズ生まれ。父親は、ニューオーリンズを拠点に70年代半ばから80年代前半に活動し、エリック・B&ラキムの“Move The Crowd (Democratic 3 Beatmix)”を始めアリーヤらにサンプリングされた“Action Speaks Louder Than Words”などで知られるファンク・バンド、チョコレート・ミルク(Chocolate Milk)のリード・ヴォーカルだったフランク・リチャード(Frank Richard)。母親はダンス教室を営んでおり、幼少期から歌とダンスに親しんでいた。

10代の頃に、ニューオーリンズでリアリティ(Realiti)なるグループとして活動中にソロとして才能を認められ、ドーン・アンジェリク名義でインディ・レーベルのYeah! Brother Recordsと契約。元サムシン・フォー・ザ・ピープル(Somethin’ For The People)のソース(Curtis “Sauce” Wilson)&キャット・ダディ・ロー(Rochad “Cat Daddy” Holiday)らと共に、デビュー・アルバム『Been A While』をレコーディングした。当時まだ16歳~17歳だったという。“So What”の共同プロデューサーには、後にニーヨ(Ne-Yo)として活躍するシェイファー・スミス(Shaffer Smith)の名前もあり、ニーヨとはこの時初めて会ったと後にドーンは振り返っている。このアルバムはしばらく発売されないままだったが、その後2005年に『Making The Band 3』にドーンが出演するようになってから発売されている。

海洋生物学を学ぶためにハワイ・パシフィック大学への進学を夢見たが、当時マネージャーでもあった父親から、ニューオーリンズ近郊にいれば音楽だって続けられる、と言われ、ニューオーリンズから少し離れたティボドーにあるニコールズ州立大学に進学。NBAチームのニューオーリンズ・ホーネッツ(現ニューオーリンズ・ペリカンズ)のチアリーダーにも参加したが、歌、ダンス、勉学と多忙すぎたため、ニコールズ州立大学から、スタジオなどが近いニューオーリンズ大学へと編入。同校には海洋生物学がないため、インターネット・マーケティングを専攻した。

『アメリカン・アイドル』などのオーディション番組に挑戦するも結果は出ず、当時まだ『Been A While』も発売されないままの状態だったドーンだが、パフ・ダディ(Puff Daddy)改めディディ(Diddy)のリアリティ番組の第三弾『Making The Band 3』のオーディションを受け、見事シーズン2への出演が決定。同シーズンの最後のエピソードで、ファイナリスト11人中で4位となった。そして上位5人でダニティ・ケインというガールズ・グループが結成され、ディディ率いるBad Boy Recordsと正式に契約する。一方で、シーズン2が始まるタイミングの同年8月にはハリケーン・カトリーナで故郷ニューオーリンズが大きな被害を被り、家を失ってニューオーリンズを離れることになるなど、2005年は大きな転機の年となっている。

ダニティ・ケインとして“Show Stopper”や“Damaged”といった全米トップ10ヒットを放ち、2006年のデビュー作『Danity Kane』、2008年の2作目『Welcome To The Dollhouse』はいずれも全米チャート初登場1位に輝くなどの成功を収めるが、ダニティ・ケインの活動と並行してMySpaceなどにソロ音源を投稿するなどソロ活動への意欲も見せる。そして、2008年半ばからメンバーの脱退・不仲が問題となり、2009年1月にドーンがダニティ・ケインの解散を伝えた。一方でドーンの才能を認めていたディディの意向により、ドーンはそのままBad Boyに残留、女性R&Bシンガーのカリーナ(Kalenna Harper)と共にダーティ・マネーというデュオを結成。ディディの新プロジェクトである「ディディ-ダーティ・マネー」が2009年から本格的に始動、2010年12月に『Last Train To Paris』をリリースしている。

ディディ-ダーティ・マネーと並行してソロ活動も諦めていなかったドーンは、2011年2月にミックステープ『The Prelude To A Tell Tale Heart』を発表。カリーナもソロ活動を重視したことにより、ダーティ・マネーはそのまま解散となった。ドーンは当初、Bad Boyでソロ活動を始める予定だったものの、ディディから「あと1~2年待つように」と言われ、「アーティストとして2年も待っていられない。3秒で忘れられてしまうのだから」と考え、自ら契約解除を申請。これにディディは理解を示し、円満に契約解除が成立したという。そしてミックステープでも組んだドゥルースキー(Drew “Druski” Scott)をメイン・プロデューサーに据え、2012年1月に、ソロとして再始動を切った“#SMFU (Save Me From You)”を発表。3月にEP『Armour On』、12月にEP『Whiteout』とリリースを続け、2013年1月に待望のソロ・アルバム『Goldenheart』を発売した。インディ・リリースということもあり、セールス面では苦戦したものの、エレクトロやダブステップなどのダンス・ミュージック、またアンビエント・サウンドなどを貪欲に吸収したオルタナティヴR&B~ポップとして独自のポジションを得る。

当初から、金・黒・赤となる『GOLDENheart』、『BLACKheart』、『REDemptionHeart』の3部作構想を語っていたドーンは、すぐに『Blackheart』の制作へと取り掛かったが、ダニティ・ケイン再結成の話が持ち上がり、『Blackheart』の2013年内の発売予定を延期させ、ダニティ・ケインへと合流した。当初はD・ウッズをのぞく4人での再結成だったが、婚約したメンバーの脱退により、3人で再始動。ステレオタイプス(Stereotypes)のバックアップを受けてニュー・アルバムを制作し始めたが、しかしレコーディング中にドーンと他のメンバー2人との衝突が公になり、発売前に解散してしまうことに。新作『DK3』は予定どおり2014年10月に発売にはなったものの、解散によりプロモーションはほとんど行われずに活動を終えた。なおドーンは後に、他のメンバーとの対立劇はメディアによる捏造だと説明している。

『DK3』では3人の中で唯一ソングライティングに関わるなど制作面においてもダニティ・ケインに注力したドーンだったが、『Goldenheart』発売後に盟友ドゥルースキーとのタッグが終了。2013年夏には他のプロデューサーたちと組んで“Meteors”、“Valkyrie”、“Judith”などを発表した。そして“Valkyrie”を手がけたノイズキャッスル3世(Noisecastle III)を新たなメイン・プロデューサーに据えて、『DK3』発売の2日後にはソロ新曲“Blow”を発表。2015年1月に、3部作の2作目となる『Blackheart』を発売した。新体制で制作されたこの『Blackheart』は、FACT Magazineによる2015年のベスト・アルバム選で、ケンドリック・ラマー『To Pimp A Butterfly』などを抑えて年間1位になったほか、SPINのダン・ウェイスによる年間ベストで3位、Rolling Stone誌のベストR&Bアルバム選で年間6位となるなど、絶賛の声が集まった。

『Blackheart』の発売後、5番目のシングルとしてミュージック・ビデオが公開された“Calypso”においてD∆WNという表記が登場。以降、D∆WNと名乗って活動していく。2016年1月にはマシーンドラム(Machinedrum)とタッグを組んで、“Not Above That”をリリース。また、4月にはキングダム(Kingdom)とのコラボレーション・シングル“Honest”を発表し、5月にFade to MindからコラボEP『Infrared』をリリースした。さらに6月に“Wake Up”、8月に“Cali Sun”とリリースが続き、同年11月にマシーンドラムが大半を手がけた新作『REDemption』が発売され、3部作が完結した。

2017年1月には『Infrared』にリミックスを追加したデラックス・バージョンが発売され、翌月にはボーナストラックを足した『REDemption』のフィジカル・バージョンが発売されている。