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Tricky Stewart

トリッキー・ステュワート

トリッキー・ステュワートことクリストファー・ステュワート(Christpher “Tricky” Stewart)は、ザ・ドリーム(The-Dream)とのコンビで、リアーナ(Rihanna)“Umbrella”や、ビヨンセ(Beyonce)“Single Ladies (Put A Ring On It)”などの大ヒット・シングルを手がけたことで知られるアトランタのプロデューサー。

1974年生まれ、イリノイ州サウスシカゴ出身。音楽一家で育ち、特に8つ上の兄となるレイニー・ステュワート(Philip “Laney” Stewart II)がジミー・ジャム&テリー・ルイス(Jimmy Jam & Terry Lewis)の下でキャリン・ホワイト(Karyn White)などを手がけ、その後アーリン・ホール(Aaron Hall)やシャンテ・ムーア(Chante Moore)を手がけるなどR&Bシーンで活躍するようになった影響で、クリストファー自身も10代からイマチュア(Immature)、シャンテ・ムーア作品などに関わるように。

2000年前後から、全米チャート最高2位の大ヒットとなったマイア(Mya)の“Case Of The Ex”や、B2Kの“Uh Huh”、ブリトニー・スピアーズ(Britney Spears)とマドンナ(Madonna)の共演曲“Me Against The Music”などをプロデュースし、人気プロデューサーとして名を知らしめるように。また、LA・リード(LA Reid)のバックアップを受けてアトランタを拠点にRedZoneを立ち上げ、ブルー・カントゥレル(Blu Cantrell)を送りだし、ヒットさせた。

さらに、“Me Against The Music”で以前に組んだことがあり、またニヴェア(Nivea)の2005年作『Complicated』をプロデュースするなど頭角を現しはじめていたテリウス・ナッシュ(Terius Nash)ことザ・ドリームの才能に目を付け、彼とのタッグでリアーナ“Umbrella”を手がけ、2007年を代表する大ヒットとなった。以降、このタッグでメアリー・J.ブライジ(Mary J. Blige)“Just Fine”、マライア・キャリー(Mariah Carey)“Touch My Body”、ビヨンセ(Beyonce)“Single Ladies (Put A Ring On It)”などヒットを連発し、2000年代後半のシーンを席巻した。