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Madonna

Madonna

マドンナ

説明不要、アメリカのポップミュージック史を代表するスーパースターの一人。セクシーなルックスを十二分に生かした活動やスキャンダラスなゴシップで知られたシンガー/女優。

1958年生まれ、本名Madonna Louise Veronica Ciccone。1977年、スターを夢見てNYへ移り住み、著名な振付師アルビン・エイリーのダンスカンパニーに学び、モデルとしても活動。その後ディスコ・ユニット、パトリック・ヘルナンデス・レビュー(the Patrick Hernandez Revue)に参加、さらにダン・ギルロイ(Dan Gilroy)とともにブレックファスト・クラブ(the Breakfast Club)名義で活動。その後もエミー(Emmy)などのバンドを経た後、82年に”Everybody”でソロデビュー。これがダンスフロアでヒットしたことなどをきっかけに、80年代を代表するプロデューサー、ジェリービーン(Jellybean)が手がけた”Holiday”を翌年リリース。アルバム”Madonna”も大ヒットした。

シック(Chic)のナイル・ロジャースがプロデュースしたセカンドアルバム”like a Virgin”(1984)はタイトル曲をはじめ”Material Girl”、”Crazy for You”などがヒット。彼女のセクシーさを売り物にしたプロモーションビデオなども人気に拍車をかけたほか、プレイボーイ誌が彼女のヌードを掲載するなど、エロティックなイメージで時代を象徴するセックスシンボルとなっていく。

続くサードアルバム”True Blue”は1986年にリリースされ、こちらからも”Live to Tell”、”Papa Don’t Preach”などのヒットを生んだほか、このアルバムに収録された”La isla Bonita”はその後何度もサンプリングされている。

89年の”Like a Prayer”、90年の”I’m Breathless”と立て続けにヒットを記録しつつ、女優としての活躍や俳優ショーン・ペン(Sean Penn)との結婚/離婚などをはじめとした数多くのゴシップを提供、スターとして注目を浴び続ける。 91年には映画『プリティ・リーグ』サントラからのバラード、”This Used to Be My Playground”がヒット、写真集『Sex』が物議をかもした。翌92年、ディスコ〜ガラージを代表するプロデューサー、シェップ・ペティボーン(Shep Pettibone)プロデュースによるアルバム”Erotica”をリリース。坂本龍一が参加したPVも話題になった”Rain”や”Deeper and Deeper”など、完成度の高いポップスを提示してみせた。

続く94年の”Bedtime Stories”では当時ボーイズIIメン(Boyz II Men)のプロデュースなどで勢いに乗っていたベイビーフェイス(Babyface)やダラス・オースティン(Dallas Austin)、ビョーク(Bjork)やネリー・フーパー(Nelly Hooper)を迎え、前作に引き続き”Take a Bow”など充実した楽曲を収録、こちらも大ヒットを記録する。

96年にはアルゼンチンの歴史上、英雄視される大統領夫人の生涯を取り上げた映画”Evita”で主演、そのサウンドトラックから”Don’t Cry for Me Argentina”がヒット。97年にはこれまで以上にクラブミュージック/エレクトロニカよりなアルバム”Ray of Light”を、2000年にはその延長線上にありつつ、よりポップな”Music”をリリース。続く”American Life”も先鋭的なサウンドを取り入れつつ安定したヒットを続けており、単なる「芸能人」に留まらないクールなイメージを維持し続けている。

2005年末、再びダンスフロアをターゲットにしたアルバム、”Confessions on a Dance Floor”をリリース。ハウスよりのサウンドで大ヒットを記録、ワールドツアーも成功裏に終わる。

2007年には新進の音楽企業Live Nationへの移籍契約で世界に衝撃を与え、音楽ビジネスのあり方に一石を投じている。2008年にはネプチューンズらと組んでエレクトロサウンドを大胆に取り入れた傑作”Hard Candy”をリリース、そのスター性にはまったく陰りが見えない。