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Sy Smith

Sy Smith

サイ・スミス

「アンダーグラウンド・ソウルの女王」とも謳われるインディ・ソウルのベテラン女性シンガー/プロデューサー。ミニー・リパートンを思わせる歌声で、ホイッスル・レジスター(超高音域)も聞かせる5オクターブの音域を誇ることでも知られ、多くのミュージシャンたちからその声を求められているミュージシャンズ・ミュージシャン。

2月18日生まれ。ニューヨークで生まれたが、ワシントンDCやDMVエリアで育つ。幼少期からピアノを習っており、高校の頃にはゴーゴー・バンドで演奏していた。6年生頃にはメリーランド州プリンスジョージズ郡の聖歌隊で歌っていたこともあるが、教会で歌うシンガーたちとの力強い歌声との差を感じ、長らく自身のことをシンガーとして捉えることはなく、音楽もシンガーのものはあまり聴くことはなかったという。一方でアース・ウィンド&ファイアー(Earth, Wind & Fire)などのホーン・セクションに昔から惹かれており、ホーンの音色を声で真似ながらホーン・セクションをボーカルで再現するということをしていたとか。マイケル・ジャクソン(Michael Jackson)を大きな影響源のひとつに挙げるが、特にマイケルのコーラス・アレンジやバックコーラスが好きだったという。

ハワード大学卒業後、1997年にロサンジェルスに移住。ホイットニー・ヒューストン(Whitney Houston)のバックコーラスに起用され、1997年にはワシントンDCのDARコンスティテューション・ホールで行われたHBO放送企画のコンサートに参加したのが初めての大きな仕事だったという。23歳頃のことだった。翌年には欧州ツアーにも同行しており、ホイットニーのパフォーマンスを目の当たりにしながら共演したことは大きな経験になったとか。またこの時のミュージカル・ディレクターであるリッキー・マイナー(Ricky Minor)との出会いは、後に彼女を『アメリカン・アイドル』のバック・バンドのコーラス隊の仕事へと繋げた。

人気テレビ・ドラマ『アリー my Love』(原題『Ally McBeal』)に、バーで歌う黒人女性3人組のひとりとして出演したり、アディナ・ハワード(Adina Howard)の“T-Shirt & Panties”のバックコーラスを務めるなど地道に活動を続け、1999年にはソロ・アーティストとしてHollywood Recordsと契約。クレイアニメ『The P.J.’s』のサウンドトラック『The P.J.’s: Music from & Inspired by the Hit Television Series』にラファエル・サディーク&Qティップやデスティニーズ・チャイルドらと並んで参加した。ア・トライブ・コールド・クエスト(A Tribe Called Quest)のアリ・シャヒード(Ali Shaheed Muhammad)のプロデュースで、エディ・ブリケル&ニュー・ボヘミアンズの“What I Am”をカバーし、12インチ・シングルではラファエル・サディーク&Qティップの“Get Involved”と共に収録された。また同年にはブッダ(Bud’da)のプロデュースによるデビュー・シングル“Gladly”をリリースしている。

2000年には、スリーピー・ブラウン率いるスリーピーズ・シーム(Sleepy’s Theme)の一員でもあったエディ・ストークス(Eddie Stokes)のプロデュースによるセカンド・シングル“Good N Strong”を発表するも、同年リリース予定だったデビュー・アルバム『Psykosoul』はお蔵入り(後にサイ自らリリースしている)となり、Hollywoodとの契約も終了した。

メイシー・グレイ(Macy Gray)のバックコーラスをデビュー当初から長らく務め、1999年のデビュー・アルバム『On How Life Is』から2003年の『The Trouble With Being Myself』まで参加したほか、ツアーにも同行。サンタナ(Santana)の2002年作『Shaman』にも、メイシー・グレイ参加曲でバックコーラスを担当している。また、2000年に放送されたTV映画『Dancing In September』に“Welcome Back (All My Soulmates)”という楽曲を提供し、翌年、エミー賞の最優秀ミュージック&リリック賞の候補にもなった。

こうしたTV、CMソング等やバックコーラス仕事の一方で、2002年には自主レーベルからEP『One Like Me』を発表。2003年にはブラン・ニュー・ヘヴィーズ(The Brand New Heavies)の『We Won’t Stop』で半数以上の最多7曲でボーカルに抜擢されたほか、アリ・シャヒードの初ソロ・アルバム『Shaheedullah & Stereotypes』に3曲でフィーチャーされたことで話題を呼んだ。また2004年には、アリ・シャヒードがプロデュースしたトシ(Toshi)こと久保田利伸の“Neva Satisfied”(英語アルバム『Time To Share』収録)のアディショナル・コーラスも務めている。

そして2005年、デビュー・アルバム『The Syberspace Social』をKajmere Recordsのバックアップを受けてリリース。インディながら、アリ・シャヒードやジェイムス・ポイザー(James Poyser)、ニコレイ(Nicolay)らがプロデュースした同作のエレクトロニックでフューチャリスティックなソウル・ミュージックは、インディ・ソウル・ファンから絶賛された。この好評を受けて、同年末には未発表に終わっていた本来のデビュー・アルバム『Psykosoul』を、ボーナストラックを加えた『Psykosoul+』として正式に発売したほか、2006年には『The Syberspace Social』自体もアートワークを一新し、アンソニー・ハミルトン(Anthony Hamilton)参加曲などのボーナストラックを加えた形で再発売された。

2006年には、リッキー・マイナーが音楽監督を務めていた『アメリカン・アイドル』のバック・コーラス隊や、ニコレイ『Here』に参加。さらにミシェル・ンデゲオチェロ(Meshell Ndegeocello)に気に入られ、2006年のEP『The Article 3』やツアーへの参加に加え、2007年作『The World Has Made The Man Of My Dreams』、さらにはアース・ウィンド&ファイアのトリビュート・カバー企画『Interpretations: Celebrating The Music Of Earth, Wind & Fire』におけるミシェル・ンデゲオチェロによる“Fantasy”カバーでもその歌声を聞かせるなど共演がしばらく続いた。

以降、同時期にハワード大学に通っていたというエリック・ロバーソン(Eric Roberson)やクリス・デイヴ(Chris “Daddy” Dave)らから、ラヒーム・デヴォーン(Raheem DeVaughn)率いるクロスローズ(CrossRhodes)などのDC周辺、ニコレイやゾー(Zo!)らフォーリン・エクスチェンジ(The Foreign Exchange)勢まで幅広くゲスト・オファーが続く。また、従兄弟であるジャズ・ギタリストのマーク・ホイットフィールド(Mark Whitfield)の推薦により2008年に共演して以来、ツアーのコーラスとして常連となっているクリス・ボッティ(Chris Botti)を筆頭に、ジェフ“テイン”ワッツ(Jeff “Tain” Watts)の2016年作『Blue, Vol. 2』への参加など、ジャズ界隈でも活躍している。

2008年には、ドレー・キング(Dre King)などのDC勢を中心に、エリカ・バドゥ『Baduizm』への参加でも知られるタイ・マックリン(Ty Macklin)らも参加した3rdアルバム『Conflict』を発表し、高い評価を受けた。2010年には初のベスト・アルバム『SyberSelects: A Collection of Sy Smith Favorites』を発表したほか、マーク・ド・クライヴ・ロウ(Mark de Clive-Rowe)とツアーを始め、両者による初のコラボ・シングル“Truth”を配信リリース。ふたりのコラボレーションは、ディスコ~ブギーを大きく打ち出した2012年の4thアルバム『Fast and Curious』へと結実した。

2018年2月、初めて全曲セルフ・プロデュースに挑戦した、およそ6年ぶりの新作『Sometimes A Rose Will Grow In Concrete』を発表する。