bmr

bmr>ARTIST db>Stevie Wonder

ARTIST db

Stevie Wonder

Stevie Wonder

スティーヴィー・ワンダー

現代の音楽シーンにおいて、ソングライティング/アレンジ/パフォーマンスのあらゆる要素において、まさに二人といないセンスと才能を持ったアーティスト。生まれてすぐに起こったアクシデントで盲目となってしまうというとても困難な状況におかれながらも、幼少期にピアノとハーモニカ、ドラムをマスター。デトロイトへ移住するとミラクルズ(The Miracles)のロニー・ホワイト(Ronnie White)に見初められ、Motownの創設者ベリー・ゴーディ(Berry Gordie)に引き合わされMotownと契約。弱冠12歳でリトル・スティービー・ワンダーの名で、同じ盲目の巨人レイ・チャールズ(Ray Charls)にトリビュートしたデビューアルバム”Tribute to Uncle Ray”(’62)をリリースした。

現在までオリジナル、ベスト盤双方を含め30タイトル以上のアルバムをリリースし、ソングライティングでクレジットされている作品数は数え切れない程に存在する。60年代のいわゆるモータウンテイストを十分に打ち出したカヴァーソング達や、”My Cherie Amour”、”Signed, Sealed, Delivered”など彼の代名詞とも言える大ヒットソングは多数あるが、70年代初期に完全なセルフ・プロデュースの体制へ移行していき、自己のサウンドを発掘/展開していった過程にリリースされたアルバム達には、現在の音楽シーンの礎となった楽曲がやはり数多ある。中でも数えて17枚目のアルバム”Talking Book”(’72)は、チャートの上昇とともに彼の名前とキャリアを一気にスターダムにまで押し上げた、ターニングポイントの時期の1枚で、”You Are the Sunshine of My Life”、”Superstition”等の名曲がずらりと並んでいる。続く”Innervisions”(’73)でも”Too High”にはじまり”Higher Ground”、”Golden Lady”、”Don’t You Worry ‘Bout A Thing”等、現在でもライブで人気の楽曲や、カヴァーされ続けている素晴らしいメロディを持った曲たちが収録されており、この時期が彼のシーンにおけるソングライター/アーティストとしての存在を不動のものにしたと言える。

続くアルバム”Fulfillingness’ First Finale”(’74)では、セルフ・プロデュースに移行して初のビルボード1位を獲得し、同じく1位を獲得した”Songs in the Key of Life”(’76)には、数多のアーティストにカヴァー/参照され世界中のラジオ・クラブなどで今でも愛され続ける”As”、”Isn’t She Lovely”や”Another Star”などが収録されている。その後も”Hotter Than July”(’80)や”In Square Circle”(’85)等のオリジナルアルバムや、”Woman in Red”(’84)、スパイク・リー(Spike Lee)監督作品”Music From The Movie ‘Jungle Fever’”(’91)等のサウンドトラックなどを担当 / 制作、スターが集結したUSA for Africaによるチャリティープロジェクト”We Are The World”やディオンヌ・ワーウィック(Dionne Warwick)らと競演した流麗なメロディーのスロー”That’s What Friends Are For”など、多方面の作品に関わり、その名を残してきている。

元妻でもあったシリータ(Syreeta)やミニー・リパートン(Minnie Riperton)、マイケル・ジャクソン(Michael Jackson)やディオンヌ・ワーウィックら他のアーティスト達への楽曲提供も非常に多数行っており、また他アーティストにより彼の楽曲がカヴァーされるケースも非常に多く、それだけ楽曲としてのクォリティが高く同時に愛される作品が多いソングライターと言える。また、ヒップホップやハウスのクラブシーン/DJからも絶大な支持があり、サンプリングソースとしても多数の楽曲が使用されているほか、近年ではDJ スピナ(DJ Spinna)とボビート(Bobbito)が”Wonder Wrote It”というミックステープ(後にブートレグCD化)をリリース、スティービーが携わった曲たちをミックスするという手法で彼に対するリスペクトを示している。

余談だが、個人的にも大変な親日家であるという彼は、ライブの他にも多数のテレビCMにも登場したり来日時にK-1を観戦したり、と今でも色々なところでここ日本でもお目にかかることがある。