bmr

bmr>ARTIST db>Chaka Khan

ARTIST db

Chaka Khan

Chaka Khan

チャカ・カーン

音楽史に名を刻む、炎の女王。ソウル、R&B、ゴスペルだけでなくジャズも歌いこなすその歌唱力は多くの後進の女性アーティストに影響を与えている。日本では「チャカ・カーン」で親しまれている一方、Chakaは米語では「シャカ」と発音するのが一般的ではあるが、“I Feel For You”の冒頭でメリー・メルが「チャカ・カーン」と「シャカ・カーン」の2通りの読みを混在させていることでも有名。

シカゴ出身。1953年にイヴェット・マリー・スティーヴンス(Yvette Marie Stevens)として生を受ける。5人きょうだいの長女だった。妹は歌手のタカ・ブーン(Taka Boom)ことイヴォンヌ・スティーヴンス、弟はファンク・バンドのオーラ(Aurra)のメンバーだったことで知られるマーク・スティーヴンス(Mark Stevens)。

60年代初頭、11歳でクリスタレッツ(The Crystalettes)というガールズ・グループとして活動するなど、幼い頃から歌手として才能を開花させていたという。60年代後半には公民権運動に熱心に関わり、ブラックパンサー党に入党。この頃に、自身の名前をChaka Adunne Aduffe Hodarhi Karifiに改名したとされる。これはヨルバ人のシャーマンに名付けられたと言われており、Chakaには「炎の女」という意味があるという。その後、歌手を目指すために1969年にブラックパンサー党を脱党し、高校を中退。シカゴでライブ活動をしているうちに、ハサーン・カーン(Hassan Khan)と出会い、70年に結婚。ハサーンとの結婚生活は数年で終わったが、以降、離婚後もチャカ・カーン(シャカ・カーン)と名乗っている。

当時の夫同士が友人だった関係で、当時はアスク・ルーファス(Ask Rufus)というグループ名だったルーファスのリード・シンガー、ポーレット・マクウィリアムス(Paulette McWilliams)と知り合い、友人になったこともあって、チャカ・カーンはアスク・ルーファスのライブに呼ばれるようになり、ポーレット・マクウィリアムスに代わってボーカルとして1972年に加入した。そしてルーファスの一員として、1973年に『Rufus』でABC Recordsよりデビュー。翌年のセカンド・アルバム『Rags To Rufus』でブレイクし、スティーヴィー・ワンダー(Stevie Wonder)が提供した“Tell Me Something Good”が全米シングル総合チャートで最高3位の大ヒットとなったほか、翌1975年の第17回グラミー賞で最優秀R&Bボーカル・パフォーマンス(グループまたはデュオ)賞に輝いたのに加え、アルバムからは他にもレイ・パーカー・ジュニア(Ray Parker, Jr.)とチャカ・カーンの共作となった“You Got The Love”も最高11位まで上昇するなど好評を博した。またこの1974年は、『Rags To Rufus』のレコーディングにも参加したトニー・メイデン(Tony Maiden)とボビー・ワトソン(Bobby Watson)がルーファスに正式加入し、ファンク色を増していったルーファスはさらに成功を収めていく。

『Rags To Rufus』の成功を受けて、“Once You Get Started”がヒットした1974年の『Rufusized』からはルーファス featuring チャカ・カーン名義となり、翌1975年には、後年まで歌い継がれる名曲“Sweet Thing”を収めた『Rufus featuring Chaka Khan』が発表された。ルーファス featuring チャカ・カーンとして『Ask Rufus』(1977年)、『Street Player』(1978年)と発表後、Warner Bros. Recordsとソロ契約を結び、1978年にソロ・デビュー・アルバム『Chaka』をリリース。“I’m Every Woman”がクロスオーバー・ヒットしたこともあり、同年のルーファスのアルバム『Street Player』以上の成功を収めることになる。

ルーファスとの契約が残っていたため、1979年の『Masterjam』(ルーファス&チャカ名義)、1981年の『Camouflage』(ルーファス with チャカ・カーン名義)、1983年のライブ・アルバム『Stompin’ At The Savoy – Live』(ルーファス&チャカ・カーン名義)には参加したものの、チャカ・カーンはソロ活動に専念するようになり、脱退している。チャカ・カーンは、1980年に『Naughty』、翌1981年に『What Cha’ Gonna Do For Me』とソロ・アルバムを連続して発表していき、1982年には祖母の影響で幼い頃から親しんでいたジャズに挑戦。豪華ミュージシャンたちが参加した『Echoes Of An Era』でジャズ・シンガーとしての魅力も打ち出し、受賞こそならなかったものの、グラミー賞のジャズ部門のノミネートも受けた。

そしてこの1982年の末には、ソロとしての5作目『Chaka Khan』を発表。1984年の第26回グラミー賞で最優秀女性R&Bボーカル・パフォーマンス賞など2部門、さらにルーファス&チャカ・カーン『Stompin’ At The Savoy – Live』からのヒット“Ain’t Nobody”が最優秀R&Bボーカル・パフォーマンス(グループまたはデュオ)賞に輝き、3冠となった。この勢いに乗って1984年には、『I Feel For You』をリリース。プリンス(Prince)のカバーとなった表題曲“I Feel For You”は全米シングル総合チャートで最高3位を記録。現時点(2017年)までで、ソロとして最大のヒットとなっている(ゲスト参加曲は除く)。また、全英チャートでは1位を獲得するなど、世界的な大ヒット曲となったほか、1985年の第27回グラミー賞でふたたび最優秀女性R&Bボーカル・パフォーマンス賞に輝くなど成功を収めた。

以降も活躍を続けていくが、一方で90年代に入ってからはリリース・ペースは落ちていき、ヒットも減っていく。しかし、ブランディ、タミア、グラディス・ナイトとの共演曲となった、映画『セット・イット・オフ』主題歌となる“Missing You”がヒットとなった90年代以降は特に、後進のアーティストに与えた影響や、サンプリングなどの文脈で改めて評価され、再注目される機会が増えており、1992年にはメアリー・J.ブライジ(Mary J.Blige)による“Sweet Thing”のカバーがヒットを記録。ダフト・パンク(Daft Punk)のトーマ・バンガルテル(Thomas Bangalter)らによる仏グループ=スターダスト(Stardust)は、1998年に発表した“Music Sounds Better With You”で『What Cha’ Gonna Do For Me』収録の“Fate”をサンプリングし、欧州を中心に大ヒットとなった。

2000年にはデ・ラ・ソウル(De La Soul)の“All Good?”にフィーチャーされたほか、2003年にカニエ・ウェスト(Kanye West)が“Through The Fire”をサンプリングした“Through The Wire”を発表。全米シングル総合チャートで最高15位のヒットとなり、2004年の〈VMA Awards〉ではカニエのパフォーマンスに参加したことも大きな話題となった。なお、“Through The Wire”についてはチャカ・カーンは「シマリスの鳴き声みたいに私の声の回転数を上げていて全く好きじゃなかった」と当初は気に入っていなかったことを後に明かしており、“Through The Wire”のビデオの監督によれば、当初はサンプリングの使用許可も下りなかったという。だが、チャカ・カーンの息子が気に入ったことをきっかけに許諾されたとか。