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Mariah Carey

Mariah Carey

マライア・キャリー

90年代のポップチャートを、幾多のヒットと共に駆け抜けたNYはロング・アイランド出身のシンガー / ソングライター。コーラスの仕事をしていた1988年、デモテープを聴いたColumbiaの社長トミー・モトーラはすぐに契約を用意。2年後にリリースされたデビューアルバム”Mariah Carey”はシングル”Vision of Love”の爆発的ヒットをはじめとし、”Love Takes Time”、”Someday”、”I Don’t Wanna Cry”という4曲ものNo.1ヒットを含んだビッグヒットアルバムとなり、3枚目のシングル”Someday”がリリースされる頃には500万枚の売り上げを突破し、最終的には1000万枚弱を売り上げた。

ナラダ・マイケル・ウォルデン(Narada Michael Walden)等、アレンジの名手を起用していたファーストアルバムから一転、’91年の秋にリリースした2ndアルバム”Emotions”では、デイヴィッド・コール(David Cole / C&C Music Factory)とロバート・クリヴィルス(Robert Clivilles / C&C Music Factory)を起用し、ゴスペルテイストも持ち合わせたダンスチューン”Emotions”や”Make It Happen”等でダンスミュージックチャートも制覇。前者とバラードナンバー”Can’t Let Go”の2曲はシングルチャートを制覇し、アルバムも発売後2ヶ月でダブル・プラチナムに認定された。そのアルバムが300万枚を突破した頃、ジャクソン5(Jackson 5)の”I’ll be There”をカヴァー。同曲も収録したMTVの人気アコースティックライブプログラム”MTV Unpluggedから”のアルバムも大ヒットを記録。

翌年には3rdアルバム”Music Box”をリリースし、ここからもHip Hop / R&Bテイストを上手く取り入れた”Dreamlover”や名バラード”Hero”等のNO.1ヒットを産み、やはりカヴァーソングの”Without You”や”Anytime You Need a Friend”等も大ヒット。アルバムはマライア最大のセールスを記録し、1000万枚を突破するダイアモンド・アルバムとなる。同年秋には90年代デュエット・バラードの傑作”Endless Love”はルーサー・ヴァンドロス(Luther Vandross)との共演も果たす。’94年にはスタンダードナンバーを多くカヴァーしたクリスマスアルバムもリリース。やはり大ヒットを記録し、シングルカットされた”All I Want for Christmas is You”も記録的な大ヒットとなる。

ボーイズ・II・メン(Boyz II Men)とのコラボレーションシングル”One Sweet Day”(’95)は長期に渡りNo.1の座に鎮座し、トム・トム・クラブ(Tom Tom Club)の”Genius of Love”をサンプリングしたダンスチューン”Fantsy”も200万枚を越す大ヒット。いずれのシングルもラジオ / セールス各種チャートを総なめにし、アルバム4th”Daydream”も結果的には自身2枚目のダイアモンド・アルバムとなる。翌年も同アルバムからのカット”Always be My Baby”がチャートNo.1を獲得。グラミーは”One Sweet Day”他でノミネートされるも、’95年の新人アーティスト / アラニス・モリセットらに競り負けてしまう。

5thアルバム”Butterfly”(’97)からは、ショーン・パフィ・コムズ(Sean “Puffy” Combs / P.Diddy)がプロデュースを担当した”Honey”が大ヒット。Qティップ(Q-Tip)のアドヴァイスでトレチャラス・スリー(Treacherous Three)の”Body Rock”をサンプルしたと言われる同シングルのほか、アルバム内にはミッシー(Missy Elliott)等をフィーチャリングした楽曲が多く、当時の時流を見て、よりヒップホップテイストを取り入れた方向性になっている。が、一方ではプリンス(Prince)の”The Beautiful Ones”をデュエットカヴァーするなど、メロディの美しさを重視した楽曲も収録されており、聴き所の多いアルバムである。

’93年から続いていたトミー・モトーラとの結婚生活も、’97年に破局を迎えると、”Butterfly”以降のアルバムでのクリエイティブコントロールをより自分の手中に収め、翌年には自身のレーベル”Crave Records”を立ち上げ、7mileやAllure他のアーティストをリリースするようになる。自身も映画”The Prince of Egypt”の為に書き下ろされた”When You Believe”でホイットニー・ヒューストン(Whytney Houston)と共演し、同作も収められた初のベストアルバム”#1′s”も500万枚を越す大ヒットになる。’99年にはカヴァー曲”I Still Believe”をヒットさせ、さらにジェイ・Z(Jay-Z)をフィーチャーした”Heartbreaker”が大ヒットし、やはりシングルチャートを制覇。その後にリリースされたオリジナルアルバムとしては6作目の”Rainbow”(’99)も大ヒット。隆盛期を過ぎたと言われていたが、結果300万枚を売り上げ、ジョー(Joe)等をフィーチャーした名曲”Thank God I Found You”も翌年、一週ながらチャート1位に輝いた。

2001年にColumbiaからVirginに移籍すると、かつてはディズニーとの企画として存在していた映画”Glitter”をColumbia / Tristarからリリース。自分の経験を反映させたという半自伝的な脚本であったが、動員数にはそれほど結びつかなかった。が、同映画のサウンドトラックとしての自身の7thアルバム”Glitter”には、ダ・ブラット(Da Brat)とルダクリス(Ludacris)をフィーチャーしてクラブヒットとなったカメオ(Cameo)ネタの”Loverboy”等を収録し、体調不良などゴシップの逆風がありながらもプラチナム・アルバムとなる。

“Loverboy”が’01年の年間シングルセールスチャートの1位を飾るものの、Virginとの契約がこじれ、2002年にはIsland Def Jamに移籍。自身のレーベルMonarC Musicを設立。シングル”Through the Rain”をリリース後、8枚目のオリジナルアルバム”Charmbracelet”をリリース。クラブヒットとなった”Boy(I Need You)”では、Roc-A-Fellaに移籍したばかりで勢いに乗っていたキャムロン(Cam’Ron)をフィーチャー。キャムロンの大ヒットシングル”Oh Boy”をリサンプルする荒業でヒットにつなげた。

2003年にはバスタ・ライムス(Busta Rhymes)の”I Know What You Want”に客演。デフ・レパードの名作”Bringin’ on the Heartbreak”をシングルリリースし、リミックスアルバム”The Remixes”をリリース後は、新作の予定は今のところないが、アナログのホワイト盤オンリーでの”I Miss You”(パフ・ダディの”It’s All About Benjamins”をトラックに使用)をリリースしていたり、自身のアクセサリーラインなどを手掛けたり、と、相変わらず活動中である。トミー・モトーラとの離婚後は、セクシーさをセールスポイントに出し過ぎているとの指摘もあり、従来のファンからも敬遠されるスタイルも踏襲してきているが、一方ではチャリティーライブや基金設立等の「スターの務め」とも言える慈善事業も行っており、ゴシップ問題や金銭面での話題等の裏にも、一流のアーティストならではの一面もしっかり持っている。

2005年、ジャーメイン・デュプリらをプロデューサーに迎えたアルバム”the Emancipation of Mimi”を発表し、ここから”Shake it off”、”We Belong Together”とヒットを連発。見事に復活を果し、グラミー賞を獲得。続いて2008年にはその路線を進めたアルバム”E=MC2″をリリース、こちらも大ヒットとなっている。