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TLC

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TLC

ファーストアルバム”Ooooooohhh…On the TLC Tip”で登場し、セカンド”crazysexycool”でビッグスターとなったアトランタベースのR&Bグループ。レフト・アイ(Left Eye)、チリ(Chilli)、Tボズ(T-Boz)という3人の女性がそれぞれの個性を際立たせ、HIPHOPの流行を取り入れて成功した、90年代のトップアーティスト。

メインボーカルをTボズ、ラップや曲作りをレフト・アイが主に担当した1992年の一作目ではレフトアイの強烈な個性と、LA ReidやDallas Austin、そしてもちろんベイビーフェイス(Babyface)によるニュー・ジャック・スウィング後期のプロダクションがガッチリはまり、”Baby, Baby, Baby”、”What about your friend”などがヒットした。94年には”crazysexycool”が110万枚(USのみ)のセールスを記録、シングル”Waterfalls”がビルボード年間no.1ヒットとなるなど、”Creep”、”Diggin’ on You”、”Red Light Special”などヒットを連発。彼女らはこの作品でグラミーを獲得、人気を不動のものにするだけでなく、ブラックミュージックファンの枠を超えた人気を集めることになる。

満を持してリリースされた3作目”Fanmail”からも”No Scrub”がヒットするなど、アルバムで600万枚を売り上げ、再びグラミー賞を獲得した。このころにはレフト・アイの精神的不安定さ(恋人との関係から起こした放火事件が有名)とメンバー間の対立が頻繁に話題になるようになり、レフト・アイのソロ作やレコード会社移籍の発表などが行われる。実際にレフト・アイのソロアルバム”Supernova”が世界中でリリースされるが、US国内では発売を中止されるなど、問題が絶えなかったようだ。

ところが、2002年4月25日、レフト・アイが休暇中に交通事故による頭部のケガが元で急逝。残された2人はTLCとして既に制作を進めていたアルバム”3D”をリリースするが、さすがに前2作ほどの勢いは得られなかった。

周知の通り、彼女らはHIPHOPがまだまだマイナーなものだった時期に登場し、ファーストではHIPHOP界で流行していたJBなどのサンプリングビートを大胆に取り入れ、セカンドではバスタ・ライムズ(Busta Rhymes)やアリ(A Tribe Called Quest)が登場するなどHIPHOPとの連携をはっきり打ち出していた。しかもラップと歌をどちらも含んだ楽曲を連続してポップフィールドでヒットさせてきた彼女らは、ある意味でHIPHOPを一般に認知させる上で多大な貢献をしてきたということができるだろう。