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50 Cent

50 Cent

50セント

1978年クィーンズはサウスジャマイカ出身。実際にドラッグディーラーとして生き延びていた10代、牢に収監されるよりRapに傾倒することを選んだ彼の人生は、ランDMC(Run DMC)のジャムマスタージェイ(Jam Master Jay)にその才覚を見出され、トラックマスターズ(Track Masters)に出会ったところから加速度を増す。トラックマスターズがColumbiaとの契約を用意すると、フルアルバムを完成させるべくレコーディングに入り、アルバムリリース前にシングルとして発売された”Your Life’s on the Line”や”How to Rob”はそこそこのヒットを出す。が、”How to Rob”をリリースした直後の2000年5月、何者かに襲撃を受け、瀕死の重体に。これ以上無いであろう幸運のもと、9発もの弾丸を受けながらも、死の淵を渡ることなく生き延びたが、待っていたのはColumbiaの契約撤回とアルバムのお蔵入りという状況だった。

それからの50はアンダーグラウンドに戻り、現Gユニット(G Unit)のメンバーと共に「Mix Tape内にメジャーなトラックを使ってフリースタイルや自作曲を収録する」という形でその存在を再びアピールし始める。2002年までにリリースされた幾多のMixテープがもたらしたものは複数のメーカーからの契約オファーだったが、最終的に「一番アーティストとしてきちんと扱ってくれた」として、エミネム(Eminem)が提示した契約に落ち着くことになる。

それからの彼の快進撃はと言えば、映画”8 Mile”のサントラ用に録音された”Wankasta”のブレイクから始まり、アルバムのリードシングルでドクター・ドレ(Dr. Dre)プロデュースの”In Da Club”がリリースされるや空前の大ヒットになるなど周知の通り。そして発売後たった5日間で80万枚以上を売り上げたデビューアルバム”Get Rich or Die Tryin’”への舞台は用意された。その後もアルバムからのリカットシングル”21 Question”や”P.I.M.P.”などのクラブ/ラジオ・アンセムでヒットを飛ばし、先述の自身のユニット”Gユニット”のアルバム”Beg for Mercy”もリリース。ジャ・ルールを筆頭にしたマーダー・インク(Muder Inc.)との確執は、数年前の2パック(2Pac)とノトーリアス B.I.G.(Notorious B.I.G.)のそれを思い起こさせるほど加熱し、話題となっている。とにもかくにも、New York Timesにもそのデビューを取り上げられるほどの注目を集めた50セント。その少しボケた感の有るフロウと、現在のハードコアリスナーを満足させるリリックで、今後も当分の間その人気が失速することはなさそうだ。

(photo by Lionel Deluyss)