bmr

bmr>ARTIST db>Moses Sumney

ARTIST db

Moses Sumney

Moses Sumney

モーゼス・サムニー

多重録音を駆使した、フォークトロニカ的なソウル・ミュージックを奏でるLAの新進シンガー・ソングライター。ジェイムス・ブレイク(James Blake)のカバーなどで注目され、2016年にはジェイムス・ブレイクのUSツアーに参加、共演も果たしている。また、クエストラブ(Questlove)、コリーヌ・ベイリー・レイ(Corinne Bailey Rae)、ソランジュ(Solange)らからその才能を称賛され、エリカ・バドゥ(Erykah Badu)、スフィアン・スティーヴンス(Sufjan Stevens)らの前座を務めるなどミュージシャン内で高く評価を受けている。

1990年5月19日、ガーナ共和国ヴォルタ州出身の両親の下に、カリフォルニア州サンバーナーディーノで生まれる。父は牧師で、ガーナを離れた後、両親はナイジェリア、ドイツ、フランス、カナダなどを旅して米西海岸に定住し、教会を始めるためにタクシードライバーなどの仕事で稼ぎながら、モーゼス誕生後に実際に教会を立ち上げたという。また10歳から16歳のあいだはガーナの首都アクラで育ったが、学校ではアメリカン・アクセントなどが災いし、いじめに遭っていたとか。

7歳の時に初めて、“One Night Stand”という曲を書くなど幼い頃からミュージシャンになりたいと考えていたという。当時、「ワンナイト・スタンド」の意味を分からないまま曲を書いたため、学校の教師に歌詞を見つけられた際に問題になったとか。教会で育ったものの、両親は彼をミュージシャンにしたくないと考えていたこともあり、12歳頃までは特に楽器を習うこともなかったという。だが、フォークやカントリーの世界に魅了され、ギターを弾き始める。また、ダーティ・プロジェクターズ(Dirty Projectors)やヴァンパイア・ウィークエンド(Vampire Weekend)などのインディ・ロック~エクスペリメンタル・ポップも好んで聴いていたとか。歌や演奏はすべて独学で身につけていった。高校の時は聖歌隊にいたこともあるが、グループで歌う時は常にバス担当だったという。自分で歌う際はファルセット中心で歌う。

16歳の時にアメリカに戻ったモーゼスは、20歳の時にUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)に進学。LAを拠点に、本格的に音楽活動を始める。UCLAの中だけでも様々なバンドが活動する活発なLAシーンにおいて、ジャズ~ソウル・バンドやロック・バンドを渡り歩いた後、自分の音楽というものはどういうものなのか探求していくうちに、フォーキーなギターの演奏、ループペダルを駆使した多重録音によるソロのスタイルを確立していく。YouTubeなどインターネットを通じてカバーやオリジナル曲を発表し、ジェイムス・ブレイク“Lindisfarne”のカバー、そして自身の“Replaceable”を多重録音でひとりでパフォーマンスする映像で2013年頃から注目を集めるようになり、サンダーキャット(Thudercat)やベック(Beck)といったアーティストの公演で前座を務めた。また、LA Weekly紙でインターンを務め、ジョン・メイヤー(John Mayer)の素晴らしさを語る記事などを執筆している。UCLAではカレッジ・ラジオの番組でホストを務め、キング(KING)らとはこの番組をきっかけに交流を持ち、2013年にはキングが[Bootleg Theater]で行ったレジデント公演の前座も務めた。

こうした中で2014年1月にはLA Weeklyが「2014年に注目すべきLAのアーティスト」10組のひとりに挙げ、OKayplayerもまた、サム・スミス(Sam Smith)、ケイトラナダ(KAYTRANADA)、ケレラ(Kelela)、SZA、マジード・ジョーダン(Majid Jordan)らを選出した「2014年に注目すべきアーティスト14組」で筆頭に挙げるなど注目を集めていく。彼のショウには多数の音楽関係者がやってくるようになり、スタジオでレコーディングするよう勧められるも、ローファイで生々しいサウンドを求めていたモーゼスは逡巡。その際に、彼の噂を聞きつけたTV オン・ザ・レディオ(TV On The Radio)のデイヴ・シーテック(Dave Sitek)からセルフ・プロデュースでの制作をアドバイスされたモーゼスは、彼から4トラック・レコーダーを譲り受け、自宅のベッドルームで録音を開始。2014年6月にフリーEP『Mid-City Island』という形で発表された。タイトルは、LAにおいても多くの人が集まるイーストサイドではなく、あえてそうした人たちから距離を置くためにミッドシティという“孤島”に住んでいたことに由来する。

また、デイヴ・シーテックからモーゼスの音楽を聞いたソランジュは、2014年2月のニューヨーク・コレクションの一環で開かれたSaint Heronのショウケース・ライブに彼を抜擢。ここでソランジュとも交流のあるクリス・テイラー(Chris Taylor)と出会い、2015年にはクリスらによるレーベル Terrible Recordsから、“Seeds”と“Pleas”を収録した7インチ・シングルをリリースした。デイヴ・シーテックは他にも、ヤー・ヤー・ヤーズ(Yeah Yeah Yeahs)のカレン・O(Karen O)にも紹介し、これがきっかけとなってカレン・Oのツアーで前座を務めたほか、彼女のバンドでギターも担当した。

さらに、彼の音楽はベック(Beck)の耳を惹き、2014年7月に発売された『Song Reader』のオープニングを飾る“Title Of This Song”で共同プロデューサー/ゲスト・アーティストとして抜擢される。

2016年には、ハンドレッド・ウォーターズ(Hundred Waters)“Show Me Love”のスクリレックス(Skrillex)によるリミックスにチャンス・ザ・ラッパー(Chance the Rapper)、ロビン・ハンニバル(Robin Hannibal)らと共にゲスト参加。コリーヌ・ベイリー・レイの6年以上ぶりとなる新作『The Heart Speaks In Whispers』ではバックコーラスとして起用された。さらにジェイムス・ブレイクが新作『The Colour In Anything』を引っさげて行った米ミニ・ツアーのLA公演に招かれ、“The Colour In Anything”、“Modern Soul”を一緒にパフォーマンス。また旧知のソランジュの新作『A Seat At The Table』にバックコーラスとして参加するなど、急速に注目度を高めている。